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【沙】米国の西アジア覇権維持の鍵と、サウジ政権転覆の目論見

イランとサウジアラビアの外交回復のため中国が仲介に入ったことで、アメリカはサウジが中国の実質的影響下に入ることに危機感を感じている。


『傀儡国家の政権交代により米国の西アジアの覇権力低下は前例がある。』

1979年、ジミーカーター政権はCIAの極秘作戦であるサイクロン作戦を開始。ムジャヒディーンと知られるワッハーブ派のイスラム過激派を各地から集め、武装、資金提供、軍事訓練させ、当時のアフガニスタンの政権である社会党と対立させ内戦を起こさせるという画策を行った。


このサイクロン作戦の五か月前、米国英国はイランをソ連に対する防波堤にするのと、ムジャヒディーン育成のため親西派シャー・パフラヴィー政権を支持し傀儡政権を築いていた。

これにより、一時米国は西アジアにおける覇権を獲得。しかしシャー政権は欧米欧州主義を多く取り入れ、結果保守的なイラン国民から反感を買い、イラン革命へと発展。

結果、イラン革命は成功し、アヤトラ・アラ・ホメイニが指導者となりホメイニ政権が誕生した。これにより米国はイランから徹底せざる負えなくなった。

この様に、米国は過去に傀儡国家を失い西アジアにおいての覇権を失った事例がある。

現在、米国はサウジアラビアが自身の手中から離れ、中国へ滑り落ちていると感じ、この対抗策としてサルマーン政権の転覆を狙い、新たな傀儡政権の樹立を目論んでる可能性はある。
(米国が政権転覆を決定した場合、まず初めにするのはメディア報道の大幅な見直しであろう。)

2015年3月のアンサル・アッサー運動により一時崩壊したハーディ政権を立て直すため、サウジはハーレハ派とフーシ派の一掃を図るため米国英国から供給されたミサイルを使用し、ハーレハ派、フーシ派をイエメン西部へと追いやった。この一連の戦闘によりハーディ政権は再構築された。

サウジは過去8年間に渡り、ハーレハ派、フーシ派の拠点地域であるイエメン西部に対して農業、医療、水等のインフラへの攻撃を継続的に行い、同時にコレラ病も流行した。更にサウジによるイエメン西部への封鎖により、医療品や食料品なども行き届かなくなり大規模な飢餓が発生した。

この様なサウジによる非道な行為を米国が非難し、サルマーン政権を交代させることも可能だ。(サルマーンからすれば米国の指示のもと行ったのに非難され挙句失脚されるなど不条理にも程があると感じるであろう。)

親中派に偏りつつあるサルマーン政権を失脚させ、新たな親米傀儡政権を樹立させ以前と同様にサウジアラビアと友好関係を維持することが米国による西アジアでの覇権であり、且つ中国を西アジアから追放する方法でもあると考えられる。

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