製氷の気付き

 独り暮らしを始めてから大分経った。生活における不満点はまあそれなりに出てきて、それに対して妥協したり金をかけたりしてきたが、こればかりはどうにもならないといういくつかの問題の中の一つが、氷のことだった。

 夏になって暑くなると飲み物に氷を入れたくなる。ソフトドリンクでもそうだが、特にお酒はあの氷が溶けていって「薄くなってんじゃん…」と感じて次の一杯を作りに行く感じがたまらなかったりする。そうなると氷は常にたくさんあるとありがたい。一人なのに誰かにありがたがろうとするな。

 しかし財政状況と部屋のスペースが、台所に自動製氷機能つきの大きな冷蔵庫を置くことを許してくれない。買える。頑張れば買える。調整すれば置けなくもない。しかし、その機能がある冷蔵庫は内容量が大体結構なサイズであることが多く、ものすごくスカスカ感が出てしまう。毎日そこまで凝った自炊をするわけでもなく、週に一回スーパーマーケットに出かけても、卵と納豆と何らかの漬物とレトルトカレーとカップラーメンしか買わないような暮らしには、明らかに不要なサイズだ。

 確かに2ドアの冷蔵庫でも、製氷機能を装備したものはある。だが明らかに割高に感じてしまう。サイズもそうだ。その機能を詰め込んでくれた家電メーカーの皆様の努力には感謝するが、どうしても希望するサイズよりは大きくなり、「そこまでして2ドアで製氷いるか?」と思ってしまう。

 ぼちぼち個人的には感が強くなってくるし、最新冷蔵庫のラインナップを知らない齟齬も出てくると思うのだが、「製氷機能の氷って小さくね?」という思い込みも強い。あのザラザラ感も悪くはないのだが、結局昔ながらの製氷皿、喫茶店のアイスコーヒーやメロンソーダ、ファミレスのドリンクバーで見るあの台形サイズの氷が欲しくて仕方ないのだ。

 さすがに客人が来てそれなりの量の氷がいるとなればロックアイスを買うし、最近は大した値段でもない。だが、家で一人で何かを飲むのに毎回買うのは面倒だ。妥協の結果、結局今も製氷皿で氷を作っている。

 そこに問題がある。この文章をアップするSNSを使っている年代にもよるが、みんな製氷皿の使い方を知っているだろうか? 形状について詳細に書くのが面倒だし表現力がない事に気付いて驚愕して落ち込むので検索してほしいのだが、水を入れて凍らせて、その氷を容器に出す時に、『捻る』という作業が必要になる。

 プラスチックで形成された製氷皿は、ある程度の可塑性…これで合っているかどうか分からないし、多分違うと思うのだが、力を加えると形が僅かに変わる。捻ることで力が加わり、その形が変わることで、氷は製氷皿から離れていく。そのはずだ。そのはずなのだ。

 だがどうだろう。冷蔵庫から氷の詰まった製氷皿を出し、逆さにして、元々冷蔵庫を買った時についていた氷を入れる容器に出そうとすると、いくら力を入れても氷は製氷皿から離れようとしないのだ。

 この文章を書いている私が非力だからと思うだろうか。確かに握力も大してないし、力持ちと言われるレベルではない。だがそれにしても、全力を込めても「ミシミシ」という音がするだけで、全然氷が落ちてこない。

 全体に衝撃を加える、という解決方法はある。氷を入れておく容器に、製氷皿を逆さにした状態で、ガン、ガン、とぶつけるのだ。ここまで書いた時点で、伝わり方として2万℃かマイナス2万℃の文章だなと思い始めている。ともあれ、ぶつけると氷と皿の接続が弱くなり、まあ取れるは取れる。

 しかし問題はその騒音だ。コン…コン…ぐらいで収まる衝撃では何も変わらない。どっちか割れてもいいぐらいの感じでいかないとダメだ。そんな騒音を夏の度に立てていいわけはない。うるせーし。

 そこで考えたのが、氷を部分的に溶かしてしまうことだった。具体的に言うと、氷が詰まった製氷皿の表面に水をかけてしまうのだ。温度差によってパキパキッという音と共に氷が割れて、だいぶ取れやすくなる。

 一回で使い切ってしまうなら、この方法は万全と言える。だが、グラス一杯の飲み物に必要な氷はそこまで多くないし、残った氷はまた冷凍庫に戻される。一度濡らされた氷がまた凍るとどうなるか…説明する必要もないだろうって書きたかったので書くが、そこそこ氷同士が固まり、次に必要になった時に砕く必要が出てくる。わりとめんどいのだ。また騒音問題が出る。

 夏本番を迎えたキッチンの室温と、冷凍庫内の温度差によって、製氷皿を外気に曝した時点でパキパキと音が鳴り、わりと簡単に取れることもある。だができれば暑い外から帰ってきてシャワーを浴びる間に部屋をキンキンに冷やしておいて、どうせ誰も見ていないのだし、すぐにバカッと氷を出して全裸かパンイチで氷を入れた飲み物を作りたい。この欲望に関してはそこまで共感を得られるとは思っていない。

 最終的には取れる。氷を得られる。だがそれだけのために製氷皿を力の限り捻ったのに氷が落ちなかったり、水をかけて後で氷が固まっていたりするのが嫌なのだ。あとまだ冷蔵庫は故障していないのに金を使うのが嫌なのだ。じゃあこの僅かなストレスを受け入れるしかないのか、そう思いながらある時に立ったキッチンにおいて、天啓が訪れた。

 重力を味方につけようと思って、製氷皿を逆さにして捻っていた。容器にぶつけるという手法も結局は同じことだ。しかし、捻る力はどこに一番強く働くのだろうか? 物理演算には詳しくない。両手で製氷皿を捻ることによって左右の握力が乗って働く力、製氷皿の形状、氷結の具合、様々な条件が作用するはずだ。だが、自分が使っている製氷皿は、厳密な正方形の氷ではなく、底面積の方が小さい氷を作り出す形状になっている。

 ならば、製氷皿の淵に与えられる衝撃、分散するであろう叩きつける力を加えるより、底面積をそのまま底にし、小さい面積に対して加えられる、捻る力を最大にした方がいいのではないか? 分からない。逆さにしないことでそれが強くなるのかどうかも分からない。この苦悩は物理学を学ぶことを軽視していた自分に対する罰だったのかもしれない。いやぶっちゃけ罰じゃない。だって多分合ってないから。これがガチだって書いたら物理ガチ勢が集まって炎上する。あとそんな事で苦悩するな。あと炎上もしねえ。

 だが結果は出た。普段、製氷皿を逆さにしてから捻る力より僅かな力で、氷はそれこそ派手な感じでバキッと音を立てて皿から離れ、そこから逆さにするだけでバラバラと容器に落ちていった。体感としては半分の時間だった。

 この時間を、これまで製氷皿から氷を落とす時間を無駄にしたとは思わない。早くこうすればよかったという後悔より、こんな方法があったのかと感じる喜びの方が大きかったのだから。

 おかげで実際落とす時間と「氷また最大に力入れてバキッとやんのか…」と思う時間が減り、夏本番に向けて家でウーロンハイを飲みまくっている。寿命は縮まっているのかもしれないが、気付きによる爽快感はあった。

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