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【追憶の旅エッセイ#5】1,159km分の愛情。

一緒にいる時が満ちて、私が「帰る」と言い出して、彼が「送る」と言ってくれた。まるで「ちょっとそこまでだから送るね」、というような自然な感じで。

南オーストラリアのマリーリバー流域から、洗練都市メルボルンを有するビクトリア州を越えて、シドニーのキングスクロスがあるニューサウスウェルズ州まで。

走行距離・約1159km、約12時間のドライブ。

その距離と時間分、彼の私への想い、愛情。

数時間ごとに車を止めて、ドリンクを買ったり軽食を食べたり、ただ自然の空気を吸って休憩したり。

ゴールが近づくほどに胸が張り裂けそうになる、長い長い旅路。

オーストラリアの南東部を流れる、国内最長といわれるマリーリバー。ドライブはその蛇行に沿ってはじまり、そこから永遠に終わらないのではないかと思うほどの平原と点在するブッシュ(緑の茂み)の中、公道をひた走る。

そのほとんどは変わらない乾燥した風景が続く。でも正直、景色なんてこのドライブではあってないに等しい存在。目的は距離の移動よりも、心の距離を移動させることだった気がしている。

このドライブが終わる頃、私は彼と過ごした日々から私の現実へと、戻らなくちゃいけないのだから。

シドニーへの道のりは、彼との別れへの序章でもある。
そんな私の気持ち、覚悟を知ってか知らずか、夜明けからご機嫌に運転を続けてくれる彼。

あなたの気持ち、届いていたよ、痛いほど。送らないもの、普通、そんな距離。笑ってしまうほどの長距離。

あの日、私たちの関係の執着地であるゴールが近づいたのを、繰り返す平原とブッシュの景色がようやく終わりを迎え、少しずつ工場や大手チェーン店などが立ち並びはじめて知る。

心の拷問のようなドライブの果てに、微かな達成感と解放感に安堵しつつ。

田舎から一変した都会、シドニーの地が心強かったことも覚えている。それはマリーリバーでの面影などどこにも見つけられない、かけ離れた場所であったから。

まるで私たち2人が置かれた場所の違いを表すような、皮肉なコントラスト。

私はまだ若かったし、彼は私に夢中過ぎた。

彼の生活の中心に据えられた私は、別にそれを望んでいなかった。そういう些細ないびつさが、気づかないほど少しずつ2人の関係のバランスを崩していったのだろう。

正直少し逃げるような気持ちで「帰る」と言ったので、送ってもらう分の想いを返せなくて悪いなぁ、という罪悪感は微かにあった。

もちろん私も彼をとても好きだった。でも彼は私をとても愛していた。

あのとき、求められるまま彼と一緒になっていたら…。結局、結婚とは無縁に大人になり切ってしまった今、ふと思う。

もちろん彼と別れた後、私はさらに大恋愛というものをいくつか経験した。

でも、あれほどまでに心の中全てを開け放して、まるで親が子にするように私という存在を無条件に受け入れてくれた恋愛は、後にも先にもないような気がする。

手放したことの後悔があるわけではない。

ただふと思い出すだけ。

あんな風に誰かに想われた経験のおかげで、私は愛される価値がある、そんな確信にも似た安心感に包まれることができる。

その根底にあるのは、あの若かりし頃、まだ未熟だった私を、全身全霊で想い大切に扱ってくれた君の存在だろう。

なんか、ありがとね。

こんなところで、今さらですが、改めて。

心からどうもありがとうございました。

私は確かに大切なものをたくさん受け取り、あなたのおかげで学んだんだろうと思うんだよね…。

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