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#25 目的と目標

 経営コンサルタントとして有名な方が、ある学校の入学式で特別講演された時に話したあるケーキ屋さんの話です。


 ある日の閉店後、夕方6時半頃に片づけをしていると、1人のお父さんが血相を変えて入ってきました。「実は今日、うちの娘の誕生日なんだ」と。
朝、出掛けに奥さんから「帰りにケーキ買ってきてね」と頼まれたのにすっかり忘れていて、自宅の玄関を開けようとした時に「うわっ!」と思い出したそうでした。それで急いでやってきたというわけでした。
 ところが、そのケーキ屋さんには、もうバースデーケーキはありませんでした。それで、スタッフは、「もしかしたらうちの工場に、在庫があるかもしれない」と言って、工場に連絡をとりました。
 でもその日はどこにもありませんでした。
 そこで「本店か、他の支店にあるかも…」といって連絡をとりました。それでもありませんでした。どこに電話しても全然なかったのです。
 お父さんはとてもがっかりしています。
 もう、肩を落として帰ろうとしているそのお父さんをスタッフは引き止めました。
「少々お待ちくださいませ」と。

 そして、何をしたかというと、なんと、電話帳を出してきて、他のケーキ屋さんの番号を調べ始めたのです。自分の店じゃない、他のケーキ屋さんの電話番号です。そして、いくつか選んで、順に電話をかけ始めたのです。
「今、当店に、バースデーケーキをお求めになりたいお客様がいらっしゃっているのですが、あいにく在庫切れでして、そちらでは、バースデーケーキ、ないでしょうか?」
と言って、電話をかけていました。
 そして、4件目にやっとバースデーケーキがある店を見つけると、お父さんにこう伝えたそうです。
「お客様、○○洋菓子店には、まだバースデーケーキがあるそうですよ。○○洋菓子店なら、私どものケーキに勝るとも劣らない、おいしいケーキを作っているケーキ屋さんです」
 さらに、お父さんに、「お嬢さん、いくつですか。ろうそく何本ですか?」「お名前は?」などと聞いてそのケーキ屋さんに伝えてくれたそうです。きっと、「○○ちゃん、誕生日おめでとう」などとデコレーションしてもらったのでしょう。
 最後に、電話で、「この後、お客様がいらっしゃいますから、よろしくお願いします」と言って、電話を切ったそうです。
 お父さんは嬉しかったと思います。感激です。「うわあ、この人、すごい!」と思ったと思います。なかなかできないと思います。このような対応は。しかも、そのお父さんが店を出ようとすると、追いかけてきて「お客様、少々お待ちください。私もこれでもう終わりですから、お店まで一緒に行きましょう。場所は私、すぐわかりますから」と言って、そのお父さんを自分の車に乗せてライバルのケーキ屋さんまで、送り届けたそうです。
 後日、そのお父さんの奥さんから、お礼の電話が会社に来たそうです。本当にありがとうございました、と。

 私なりにこの話を考えてみました。このスタッフ、ちょっとやりすぎじゃないかと考える人もいるかと思います。私だったら、「バースデーケーキはありませんが、ショートケーキでどうですか?」などと浅はかに勧めてしまったかもしれません。恥ずかしいです。でも、私のように考えてしまう人は案外多いのではないでしょうか。
 ここでこのスタッフの行動の奥にある目的を考えてみましょう。「何のために働くのか」(目的)ですが、普通だったら、「自分の店のケーキをおいしく食べてもらうため」と考えそうですが、それがもし一番根底にある目的だったら、

ライバルのケーキ屋を紹介するはずはありません。

 このスタッフのすごいところは、目的と目標を混同していないところにあると思います。目的とは最終的なものであり、目標はすぐ手の届く近くにある成果と考えられるかと思います。「店を繁盛させたい。」とか「売り上げをもっと伸ばしたい。」という店の人の願いは当然あると思います。商売ですからそれは否定できません。しかし、それを目的にしているか目標にしているかで全く違った態度や行動が表出してくるのではないでしょうか。
 このスタッフの方は、お客さんに喜んでもらうことを目的にしてケーキを売っているからこのような行動がとれたのだと思います。もちろん、自分のお店のケーキを喜んで買ってもらえたら、目的と目標が一致するので、それが理想だと思います。けれども、この時はバースデーケーキがなかったわけですから。

 そしたら、「今、目の前にいるお客様のために、私にできることは何だろう?」「このお客様が喜ぶことは何だろう?」…と、考えたのだと思います。他のケーキ屋さんを紹介することは、普通ではそこまでできないと思います。ここでさらに先を考えてみると、このお父さんが今度、ケーキを買う時に、どの店に行くでしょうか?バースデーケーキを買った店でしょうか?おそらく、私は最初に行ったこの店にまた行くと思います。きっと、このお父さんは、娘さんの誕生日のたびに、必ずこのケーキ屋さんに行って、「あの時はありがとうございました。5歳だった娘も、今年は○歳です」などと話すと思います。きっと何年経ってもずっとその店に通い続けると思います。人って、そういうものだと思います。そして、きっと、このことを周りのみんなに話すと思います。
 「あそこの○○洋菓子店で、こんなことがあったんだ、こんな風にしてくれたんだよ」と。こういうのが、クチコミになるのだと思います。だから、そんな思いで働いている人のところには、自然とお客が集まってくるのではないでしょうか。
 そう考えるとこのスタッフは本当にいい仕事をしたと思います。心から、お客を喜ばせたいという目的が働く目的のプライオリティーのトップにあったからこそ、お客の心が見えたのだと思います。だからお客が本当に望むことが見えたのだと思います。
 ただ「商品を買ってもらいたい」「儲けたい」という目先の小さな目標を優先させて、それを目的にしてしまうと、心の目が曇って、本来の目的を見失ってしまい、お客の心は見えなくなってしまうと思います。


 子どもの教育の仕事に携わる教師も目的と目標を混同してはいけないという点で、全く同じだと思います。教育の目的は「児童一人一人の自立」だと私は考えています。目先の子どもの活動を成功させること(目標)に目を奪われ、子どもに思考や判断させる時間や場を十分与えていなかったり、やたら口を出し、指示を出して手をかけすぎたりすることで、目先の活動は体裁よく表面上うまくいったとしても、一人一人の子どもの自立という目的に近づくことを阻害してしまっていることはないでしょうか。

 あまり日々の忙しさや目先の小さな目標に目を奪われてしまうことで、教育の究極の目的である「一人一人の自立」をうっかり見失わないようにしていかなければいけないと思います。


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