日本で働くことには、意味が無い。外資系企業でも、安定しはじめてパートナー丸投げになれば意味が無い。

#はたらくってなんだろう

勤労の義務、納税の義務
日本国憲法に書いてある。小学生4年生くらいから、新聞は1面からしか読まない子供だった。最後の3面記事やTV欄から読んでいたのだが、ある日(何が切っ掛けか忘れた。多分、退屈だけど本は読みたくないからだったかなと)からそうなった。

1面は、政治や世界情勢、経済の話しが主。昔は、字も小さかったので、今みたいな小学生新聞みたいに記事は薄くなく、文字数も多かった。それでも、1面から読んでいた。内容も半年も経てば、概ね解ってきたので余計に面白かった(当時は、読売新聞だったが、一番良かったと思う。日経読んだときは「金の話しばかりか」と呆れたもんだ)

5年生くらいから、六法全書が愛読書だった。日本国憲法から始まって、最後の方は各種条約が載っている。大日本帝国憲法もあったので、比較して読んで見たし、刑法とか昔のままなので、カタカナ交じりだった。
日本国憲法で、最初の2つを知った。勤労の義務、働いて税金を納めて、国家を最新化・維持するために必要なんだと理解しても、「働くのは嫌だなぁ。ぼーっと考え事して、思いついたことを試したいなぁ」と思っていた変な小学生だった。

それから中学・高校。そして大学で経営学(管理会計専攻)、サークルは会計学という筋金入り会計学好きだった(かな?)。でも、簿記はテストと言うのが嫌で3級止まり。でも、下手なAICPAより話はできる。前の会社のAICPA持っている奴が鼻高々に偉そうに言ってきたので、「何故、減価償却するの?」と理論問題を聞いてみたが、何故かしどろもどろ。
ああ、こう言う奴が東芝などの粉飾決算や不正会計を見逃すんだなと思った。公認会計士も、プロジェクトで一緒だったが、この人達は違った。会計学は実学と言われるが、それを実践する人達だったので、話ししていたり議論していても楽しかった。

IT業界でデリバリする側から、自分事で考える側に回りたいと思い事業会社に転職した。自社のことだから、提案は受ける側だし、良い提案だとしても役員会議で了承貰わないとプロジェクトはできない。最初、IT部門に直ぐに「使えないんだから黙って言う事聞け」と言う事業部の予算担当がいた。最初は黙って聞いていたが、何が彼をいらつかせるのか解らないので、別の件の打合せのときに聞いてみた。
「IT部って、金のこと解ってないから、こうしたいと言っても意味が解ってないから、とんちんかんなことをするのがいらつく」
それから、色々と話して解って貰えると理解してくれたのか、仲良くなり色んな施策や方策を練った。

でも、それがCIOには気に入らず、降格・減給→解雇(理由不明、いきなり)だった。一説によれば、自分よりできるから脅威を排除だそうだ。

それから1年8ヶ月、面接に行く度に「この年じゃね-」「転職回数がね-」と人事に言われた。人事に。お前、PMって金勘定してるだけじゃなくプロジェクトの全責任を負うんだぞと言ったが、日本人には解らない。何とか、昔の上司のツテで転職した。
しかし、そこでも嘘がまかり通る世界だった。「我慢しろ」と言われたが、お客さんには10年以上前に社運をかけたプロジェクトで世話になっているのでそんなことはできなかった。旧知の方を探したが、皆さん私と同じ憂き目にあっていた。口八丁、社内政治、その場凌ぎ、目先の利益、それが上手い奴が出世していて、社内も上司の上司に話したけど外されたのは私だった。今、大きな受注が欲しいからと。外資でもこんなもんかと、ガッカリ来た。
COVID-19に乗じて、故郷に戻った。会社はそのままだったが、放置プレイ。お客様からは、「戻ってきてくれ」と現場が悲鳴を上げていたがどうしようもない。最近終わって、社内ではちょっと遅れた程度で成功!!と聞いた。お客様からは「できないからスコープ変えたんですよ。一応稼働為ていますけど、本番サイト潰れたらおしまいです」。以前のプロジェクトとは違って妥協と言い訳の産物だった。コンサルと言えば聞こえが良いが、結局最後まで責任取らないなら、まだSIerがマシかと思い転職した。

ここは悲惨だった。転職初日に、外国人同僚から「ここは外資系気取ってるけど、全く違うよ」と言われた。全く、その通りだった。上にへこへこする、下には偉そうに文句言うけど、依頼事項は無視(内容を幾ら説明しても理解出来ない古い頭)。プロジェクトは、転職前から受注活動させられていて、取ったのに支援無し。1人プロジェクトで、頼るところもなく遅れた。何とかレポートできるところまでこぎ着けた。日程調整して貰えないかと依頼した。その後には、MLなど本来やりたいPJがあったから、ちゃんとしないとと思っていた。

東京と地方、場所が違うしいないのを良い事に、全責任が私がやらかしたことになっていた。転職前の活動は、「ボランティアじゃん?」と片付けた。ちゃんと録音してあるけど(笑)

今は無職、転職活動しているけど、希望は薄い。もしかしたら、明日には自殺しているかも知れない。働くって何だろう、と日本で考えること自体、無意味だ。嘘や誤魔化しが通り、正論や正しい人達が苦しい思いをする。だから、働く意味を日本で考えることは無駄だと思う。これから新しいことをやる人達が出てくるかも知れない。多分、世界からすれば「既にあるよ」だろう。そこまで、日本は落ちた。新聞を読んでいた頃、日本は輝いて見えたし、希望も沢山あった。今は、搾取する側とされる側に分かれているだけで働くことはって何だろうと日本で考えることは無意味だ。

綺麗事じゃない、現実を見ろと言うが、そう言っている奴らこそ、COVID-19で日々人が無意味に死んでいく現実を見ろ。COVID-19でクビになった人の現実を見ろ。障害者雇用も進まず、女性の社会進出は数字合わせ。コンサルをありがたがって、コンビニで片言日本語で話す海外に人を馬鹿にする、そんな日本は、もう先がないと断言する。

だから、何度でも言う「働くって何だろう」を日本で考える意味は無い。皆、COVID-19で死ねば、あの世で考えられるだろうね。

「働くって何だろう」に、日本で意味が無い。

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