shouldの沼
助動詞should。一般的には「~べき」という意味が有名でしょうか。
これを語り出すと沼にはまる。
だから今日は語りません(笑)
長く仕事をやっていると、いろいろな沼にはまることがある。
「こんなシステムがあるべき」
「授業時間は各教科揃えるべき」
ボクはこれをshouldの沼と呼んでいる。
(ポルノグラフィティの沼ならいくらでもはまりたいけど。)
こんな沼ならまだまし。
一番怖いのは、
「らしさ」の沼と「マニュアル化」の沼。
ワークショップを運営し始めたころ、雑誌の取材を受けたことがある。
「合格実績素晴らしいですね~、ワークショップの特徴、らしさのようなものがあれば教えて下さい」
「•••」
かなり返答に困った記憶が。
これが沼への第一歩。
そこから、ボクの「ワークショップらしさ」探しへの旅が始まってしまいました。
これを気にし始めると、他者評価がすごく気になってしまう。
「○×システムがないと保護者から変だと思われる。」
「各教科の時間数が揃ってないと他教科の講師に説明がつかない。」
言ってしまえば、総花的、均一化とか平準化の沼にはまってしまうのです。
マニュアル化も同じ。
業務の効率化を目指し、誰でも業務できるように作成してみたものの、その管理が別の業務になってしまったり。
マニュアル通りに実行するだけのスタッフに、覇気がなくなっていく。
この沼にはまると、最後は、なんだか冷たい、そしてつまらないものが出来上がってしまいます。
もしかして、人間もそうだったり。
自分らしさを求めて高額な自己啓発セミナーなんかに参加する。
ボクは、ある時からべきに固執し過ぎたり、らしさを無理やり決めようとすることをやめました。
らしさは、誰かがそのうち決めてくれるもの。決して自分で無理に決めるものじゃない。
その時々で自分が良いと思ったことを徹底的に突き詰める。
そんな姿を他者がいつかきっと評価してくれる。
それでいいんじゃないかと。
今回のワークショップ巣鴨移転でも、同じ考えを貫こうと考えています。
ボクたちで、自分の子供や大切な人に受けさせたい授業と環境をつくる。
この1点を、ぶれずに突き詰めたら、どんな塾が出来上がるか。
そんな未来を想像したらワクワクしかないのです。
さあ、「すべきことをしなかった」なんて後悔しないように、今日も開校準備頑張ろう!
決して「should have done」にならないように。
お!?初めて英語講師らしいこと言ったかな。
成川博康