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おもしろさを、追いかけながら。

小説家の森博嗣さんが、語る「おもしろさ論」

与えられた「おもしろい」は長続きしない?

NET FLIX、Amazon Prime, Youtube・・・。

動画サイトだけでも、前代未聞のコンテンツが自分の好きな時に入手できる時代になっている。「じぶんがみたいもの」を「じぶんがみたいときに」ということが、どんどん一般的になっているのだ。

その一方で、TVは過去の人気を取り戻せないまま、ネットに視聴者をどんどん奪われている。その理由の一つは、選べる時代に「一方通行のメディア」であるTVがあんまり興味を持たれていないという事なのかもしれない。

「面白いことがない」という状況は、「面白いことが思いつけない」状況だ、ということです。そして、思いつかなくなってしまったのは、面白さを他者から与えられたり、売っている面白さを買ったりといった生活が続いたからでしょう。与えられたものや、買ったものは、一時的には面白くても、いずれ厭きてしまい

森さんは、本書の中で「おもしろい」について、上記のように語る。

誰かから与えられた「一方通行の面白さ」は、「一時的な面白さ」というわけだ。

「仕事さえなければ」というウソ

また「忙しいから面白いことできない理論」について、森さんは持論を展開している。

仕事をしている人が、面白いことができない理由として「仕事によって時間がない」ということがあげられる。これに対し、森さんは明確に「おかしい」ということを主張している。

たとえば、仕事が忙しくて楽しむ暇がない、という人がいる。そういう人は、仕事さえなければ面白い生き方ができる、と考えるかもしれない。だが、休日に何をしているのか、といえば、ただ半分は寝ているだけ、残りもぼうっと過ごして終わる。仕事がない日も、面白くないのはどうしてなのだろう? 答はいたって簡単だ。面白いことをしないから、面白くない

「面白さ」は「自由」から始まる。

森さんは、「どうすれば、おもしろい生活」を過ごせるのか?という問いに対して、「自由」というキーワードをあげている。

まず第一に、「自由」を意識することだと考えています。  そこに思い至ったのは、三十代の後半だったかと思います。自由というのは、自分の思ったとおりになることです。そして、それを実現するためには、自分で「思う」ことが一番大事ですね。思いさえすれば、あとはそれを自分で実行するだけです。このように、自由は、「自分」が作り出すもの

これからの日々で・・・・。

森さんの本を読んで、「自由にたのしむ勇気」の大切さを考えた。今の時代は情報過多、エンタメ過多でインプットする時間を相当な選別能力が問われる。それと同時に、アウトプットするにしても、すでにたくさんの「他者の主張」がネットを含めた様々なメディアに存在している。

そんなことを考えると、「じぶんのおもしろさ」や「じぶんのアウトプット」は意味があるのか?なんてことを考えたこともあった。けれども、他者を気にするのではなく、自分に正直に「自由にたのしむ勇気」を持ち、「おもしろい」を追いかけていきたいと思うのだ。






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"Play My Life"(Lifeとあそび、Lifeを奏で、じぶんのLifeを演じる)をモットーにする会社員。60年代洋楽、読書、ラーメン、ギターが趣味。

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