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自分で「決断する」ということ #パレット4

みなさんは何歳の時から自分の人生における選択肢を自分で決断してきたでしょうか?
私は明確に覚えています。中学2年生、14歳の時です。

少しだけ過去のお話を。私自身、幼い頃は活発だったそうですが、小学4年生頃から周りの目を気にして生きるように。5年生で転勤による転校が決まると、新しい小学校ではますます自分をさらけ出すことが出来なくなり、友達と呼べる存在も少なく、且つ「勉強ができる兄」と先生からは比べられ、「生きているのが苦痛」と感じる日々が増えていきました。そんな日々の中で、両親が共働きだったことを良いことに、自分より朝早く家を出ていく母親を見送り、そのまま家に居座る -- 不登校のようになっていったのを覚えています。

周りの景色は灰色で、味気ない。
振り返って写真を見てみても、笑顔の写真なんてひとつもないんですよね。
生きていく上での自分の意志がどこにもなかった、見つけられなかったんだと今振り返ると思います。

そんな私に転機が訪れます。

ある先生との出会い~初めての「決断」~

中学2年生の時に、ALT(Assistant Language Teacher)の先生がアメリカ・ミネソタ州からやってきました。先生がまとう雰囲気は自分が今まで感じてきたものと全く異なり人生で初めて「衝撃」を受けました。「世界は広いのだ」と全身に雷が走ったような、それはそれはそれまでの人生の中で一番の衝撃でした。

先生から発せられるきれいな言語。無我夢中で文通をしました。拙い英語でしたが、辞書を片手に一生懸命調べて書いた手紙。先生も一生懸命返事をくれて、何度も何度もやり取りを重ねました。そんな中、「こんなに英語で一生懸命お話してくれるのなら、大学はアメリカに来たらどう?」と先生からの提案。きっと先生にとっては何気ない一言だったんだと思います。
でもこの”何気ない”言葉が、私の人生を変えたのです。

「よし。大学はアメリカに行く!」

中学2年生・14歳、私の人生初めての「決断」でした。

14歳の頃の決断以降、私は自分の人生の選択を出来る限り自分の意思で決断してきました。時に決断に迷い、あまり納得しないまま、親や周囲の人からのアドバイスなどを受けてなんとなく選んでしまった時もありました。しかしその選択が自分にとって「苦い結果」になってしまった時などは、後悔の気持ちに苛まれるだけでなく、「自分で決めていないから」とアドバイスをくれたその人のせいにして逃げてしまうこともありました。その思いをするたびに、自分で決断する、自分の決断に責任を持つことが人生で重要であることを理解していきました。

自分を裏切らないように「一念発起」

14歳で決断したことを実現させたいと、そのあとの私はまさに一念発起。
英語のカリキュラムとホームステイプログラムのある高校を目指すために、悪かった内申点も上げなければならない、偏差値も上げなければならない。それでも目標が見つかったことで、毎日の登校にも意味を見いだせるようになり、低迷していた成績も勉強する意味が見つかったことで3年生に向けてぐんぐん上昇していきました。
兄に比べられて、自分にはアピールできるとりえがなくて、容姿にも自信がなくて、学校カーストでは一番下のレベルで・・・・・。
そんな自分でも、「決断」ひとつで変わっていけるのだと、わくわくしたのです。


<自分の人生の中で自ら決断して実現してきたこと>
〇英語のカリキュラムがしっかりしている高校に行く
〇高校時代にホームステイに行く
〇アメリカの大学に進学する
〇アメリカ・日本でインターンシップを経験する
〇Broadcastingの専攻からPublic Relationsへ専攻変更する
〇「声なきところ」に声を届ける仕事をする
〇専門性を持った社会人になる
〇就職活動では広報職を中心に活動する
〇二児を抱えながら転職を決意する
〇副業を始める
・・・・・

人生において重要な「自分で決断すること」

人生において早い段階から自分がどう在りたいか、その上でどう決断するのか、ということを真剣に向き合えてきたことは、自分の人生において言葉で表現できない程有難かったなと思います。このおかげで、就職や転職の面接でも、「何故アメリカに留学したのか」「何故PRをやりたいと思ったのか」ということをしっかりと説得力を持って説明することができました。

ひとつひとつの決断の先の行動は、多くの人(特に両親)の支えがあってこそ成し遂げられたことです。それでも、人生の分岐点において「自ら決断」してこれたことで、たとえその道が失敗したと感じても、後悔したことはありません。その失敗から学び、また新しい決断をする。そして自分自身が強くなる。14歳の時の経験は、自分の誇りです。

過去の自分が決断したように、私は「広報」という専門性をこれからも磨き続けたいと思います。しかし、夢として描いているのは、いつか、子どもたちが自分自身で決断を出来る人生を送れるようなサポートをすること。まだ決断するまでいたっていないですが、実現するために決断する未来を楽しみにしています。

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