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「意識高い系」と「意識が高い人」

「意識高い系」という言葉がありますね。もはや多くの説明も必要ないかと思いますし、悪い方向で意味が定着している現在、こう言われて嬉しい人はいないでしょう。
この言葉の構造としては、「意識高く振舞っている(けど実際の行動が〇〇)」という、カッコの中の部分、言い換えれば「行間の部分」にネガティブな要素があるわけです。
もう少し具体的に言えば、
・人脈を自慢しているけど、実際にはうわべだけの関係
・海外や他企業などの事例をよく引き合いにだすけど、実際にはその前段階のこともできていない
・美や健康へのこだわりが強いけど、実際にはそれに反する行動も多い
・前向きに自己啓発に取り組んでいるけど、実際には身になっておらず次々と新しいことにチャレンジする
などなど。

確かに、実際に自分がこう思われていたら嫌だな、という表現ですね。

ただ、私としては、「そもそも意識はあえて高めようとしないと高まらない」というようにも思います。
毎日なんとなくのルーティーンに流されてしまうと、意外に多くの時間が流れてしまっていることに気づきます。
上で書いたような具体例に対しても、人脈を普段から意識しないと新しい出会いはなかなかできません。海外や他企業の事例を調べないと今ある価値観のままで固まってしまうおそれがあります。美や健康を意識しないと、食生活が乱れたり不健康な生活に流れてしまいがちです。自己啓発も、そもそも「自分を高めよう」という発想はあってしかるべきとも言えます。

こうやって分解していくと、「意識を高く持つこと」はむしろ普通に生活するだけではできないことで、ちょっと立ち止まってあえて自分の行動を変えてみる必要がある行為であると気づかされます。
また、視点を変えて、会社で「あいつは意識が低い」という評価をされてしまうことを考えてみてください。ゾッとしますよね。

ということで、私自身は上で書いた「意識高く振舞っている(けど実際の行動が〇〇)」の後半部分を自問自答して適当なタイミングで正していけば、前半部分はむしろ必要で、積極的に高く持つべきもの、という捉え方をしたいと思います。
後半部分が否定的な表現にならず、「意識高く振舞っていて、実際に毎日努力をしている人」であり続けることができれば他人からも悪く思われないでしょうし、そもそも他からの見え方以上に個人としてすごく成長できると思います。

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