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「野村万作から萬斎、裕基へ」 完成記念上映会

2022年の初狂言は、映像作品でした。
1月31日、ポーラ伝統文化振興財団が制作する伝統文化記録映画「野村万作から萬斎、裕基へ」の完成記念上映会へ。野村万作先生、萬斎さん、裕基さんの狂言師親子3代に加えて、裕基さんのお姉さん、TBSアナウンサーの野村彩也子さんが司会を務めるイベントということで、11月に申し込みました。

上映会の前の週末、萬斎さんが体調不良ということをTwitterで知り、大丈夫かなあと心配していたところ、やっぱりご欠席。でも、おじいさまとお孫さんという組み合わせも素敵かも。どんなお話が聞けるか楽しみでした。上映会場につき、会場に萬斎さんご欠席のアナウンスが流れると、知らなかった方は驚いていたみたいですが、満席の会場はすぐに映画の世界へ。

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映画は、野村万作一門の新年の行事のシーンから始まりました。全員で「雪山」という謡を謡い、それから1人ずつ舞を舞うそうです。紋付袴の狂言師が並ぶ姿はそれだけで美しく、新年らしい改まった空気を感じました。

映画では、万作先生、萬斎さん、裕基さんそれぞれへのインタビュー、稽古風景とともに、能楽堂で上演された作品の一部が紹介されます。例えば「川上(かわかみ)」「釣狐(つりぎつね)」「那須与一語(なすのよいちのかたり)」「水汲(みずくみ)」「柑子(こうじ)」。

ナレーションでは、狂言におけるそれぞれの作品の位置付け、見どころがわかりやすく解説されます。その上で、万作先生や万作一門にとって、どんな意味を持つ作品なのか、万作先生がご自身がどこに特別な想いをもって演じていらしたのか、語ってくださいます。舞台を見ているときは物語や演技につい引き込まれて、「楽しい!」「かっこいい!」で通り過ぎてしまいますが、長年演じていらした万作先生が解説してくださることで、視点が変わり、ぐっと理解が深まります。

例えば「川上」。ラストシーンで、再び盲目になった夫の手を妻が引くのは、もともとのストーリーかと思っていたら、万作先生の演出なのだそう。もし手を引かなかったらちょっとした不条理劇、不幸なラストになってしまっていたところ、セリフのない仕草ひとつで深みのある演劇になるのです。こういう工夫があることを知れて、本当によかった。

「柑子」については、たしか昨年の「よこはま 万作・萬斎の会」でもお話をしてくださったかと思いますが、好きなお話なので、もう一度聞けてうれしかった。
「柑子」。主人は、親戚の家で3つの実がついた柑子(みかん)をもらい、珍しいから土産にしようと太郎冠者に託す。その柑子を出せと太郎に命じるのですが、太郎はもう食べちゃっている。その言い訳が見どころ、聞き所という作品です。
太郎、最初は柑子を槍に引っ掛けて持っているのですが、1つがそこから外れてコロコロと御門の方へと転がっていく。昔はただ「柑子が転がっていく…」というセリフだったのを、万作先生のお父様が「柑子が御門へと転がっていく」とシーンをより具体的に描写。しかしそれでは、柑子が今どこにいるのかはっきりしないので、万作先生が「御門の外さして転がっていく」としたことで、柑子が今はまだ門の内にあることがはっきりした、というお話(うろ覚えなので正確には違うかと思います。とくにお父様による改良部分。すみません)。

こんなふうに、印象的だったことは数々ありますが、狂言作品と離れたところで一番印象に残ったのは、17歳の万作先生が自分の写真の裏に書いた「頑張レ芸術家」という言葉。ご本人は恥ずかしいと照れていらしたが、その時のお気持ちは「狂言だけに止まるのではなく、狂言を芸術として認められるものにしたかった」。そのお気持ちは今でも熱く、瑞々しく持ち続けていらっしゃるのだろうな、ということが言葉の端々から感じられました。

万作先生が、ご自分のしゃべりにダメ出しされていたのも面白かった。近年「優しさ」をテーマの一つとされているということで、「もっと優しく話せばいいのに、身を乗り出して強く話しすぎる」と反省された後、伝えたいという思いのゆえともおっしゃっていて、狂言やご自身の芸について深めるとともに知ってほしいというお気持ちが強いのだと、よくわかりました。

さて、継承ということについて。万作先生はお祖父様には優しく接してもらえたそうで「稽古をすると、よくできたとご褒美をもらったと記憶しています」とのこと。ご家族は「父からは激しく厳しく、その分、祖父からは優しく」がベースのようです。裕基さんのお稽古シーンもその通りでした。
一方で、アナウンサーの道を進まれた彩也子さんに対して、万作先生はどんなふうに接するのかなと思っていたら・・・孫ではなく、プロの司会者としての扱い。沙耶子さんは「おじいちゃま」という雰囲気を漂わせながら「万作さん…」と話しかけるのですが、万作先生は全く意に介さず、質問にきちんきちんと答えていらっしゃる。素敵な関係だなと思いました。

裕基さんのインタビューもかっこよかった! 普段はお父様に遠慮してか、控えめですが、今回はお姉さんからの質問だったのがよかったのか、きちんと考えながらご自分の言葉で話されていました。「稽古場にカメラが入ることに対しては」という問いには「子供の頃からそういう経験を重ねているのでそこまで違和感はなかった」とおっしゃりながらも「映像で自分の成長が見られるのはいいこと」と堂々としたお答え。

一番印象的だったのが、「那須与一語」のお話から「今日の演技が数年後にはアップデートしていなければいけない」と、現状に満足することなく、確実に成長していきたいという強い意志。

「伝統文化を裕基さんたちのような若い世代に知ってもらうにはどうしたら」という問いには、「伝統文化に関心を持つ人と、全く持たない人が二極化していると感じている。今は芸人さんや歌手の方が狂言を話題にしてくれて、そういうことがきっかけで狂言に興味をもってくれる人がいるが、自分達ももっとがんばらなければ」と、自分達が同世代に働きかけなければという前向きな言葉が聞かれました。
数日前に、萬斎さんが歌手のadoさんの新アルバム「狂言」の発売記念オンラインイベントに登場して話題になりましたが、裕基さんもそのフォローなのか、adoさんのことを話題にして、なんて機転が利くのだろうと驚きました。

そして万作先生より、「ポーラ伝統文化振興財団、監修の羽田先生、制作した桜映画社などにお礼を申し上げたい」と締めのお言葉。謙虚にして爽やか、本当に気持ちのいい、収穫の多いイベントでした。

映画は、財団に連絡すれば個人でも無料で借りられるそうです。

萬斎さんの快癒の報がまだ出ていないことだけが心配。早く良くなられて、親子4人のイベントがいつか実現しますように!

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