見出し画像

ハイド・アンド・スモーキング

オフィス街にあろうと、彼らはその特性を生かして周囲に姿をなじませていた。それはもっぱら日常生活において、後ろめたいことをするときに活用されたが、自らの長所を活かすことには何の問題もないというのが大抵の彼らの主張だった。

入室用カードがかざされ、ドアの開錠音がなる。姿のぼやけた一名の社員がこそこそと入っていくが、自然に閉じるはずのドアは開け放たれたままパタパタされていた。待っていましたと言わんばかりに彼らは流れ込み、まんまと入室管理の記録を残さずに入室に成功したのだった。

「我慢できなかったなあ。せめて、もう少し待ってもよかった」

入室用カードを使用したカメレオンは言葉を漏らしながら、周りをギョロギョロと眺める。一体どれだけの数がこの部屋に押しかけたのか、なんとなく空気の流れをたどれば感じ取れなくはなかったが、把握はできなかった。

「いやあ、焦れてしまいましたな」
「ああ、タコさんですね。そうですねえ、どうもわたしは共連れとなると動きが鈍くて。さっきタイミングを逃してしまったものですから、もう我慢なりませんでした」
「機を待ち構えることは我々擬態動物の本分ではありますが、カメレオンさんは難儀ですなあ」

会話に耳をそばだててはいたが、めいめいがポケットから小箱とライターを取り出す。準備のできたものから火をつけた。
部屋には紫煙が充満し、メンソールやバニラフレーバーの煙があちらこちらでたちのぼる。毎回のお決まりと言わんばかりに煙がめいめいの顔の輪郭を浮き上がらせると、うまくいったことを喜んでにやけ顔を現した。

「次、誰かしらが入ったときは任せてください。カメレオンさんが入れるように、あたしが手引きしますから」
「本当ですか?約束ですよ」
「ええ、きっと。なので入るときには声をかけてくださいね」
「カメレオンさん。騙されちゃいけませんよ。彼女、あんなことを言ってますがね、互いに姿がわからないって言うのに、いったいどうやって手引きをするというのです」
「危ない。騙されるところでした」

カメレオンの一言で、喫煙所中にクツクツとした笑い声があがる。肩身が狭くなったとはいえ、擬態動物たちは彼らなりの楽しみ方を見出していた。

ひとつ、またひとつと立ちのぼる煙が消え、煙がドアの方に流れていく。ドアは一度しかあいていないはずなのに、何度も開いては締まり、喫煙所を後にするものたちがあった。カメレオンとタコも、やや遅ればせながら吸殻をすてて喫煙所を後にした。

「おや、タコさん。さっきまでどちらに?いつもは時間通りのタコさんが連絡がこないと先方が心配していましたよ」
「ああ、少しお手洗いにね。蛇口をひねっても海水の出が悪くて、手を洗うのに時間がかかってしまいました」
「あらまあ、大変ですね。手が多いですものね」
「ええまったく。犬さんみたいに、多くても四本くらいであればよかったのに」
「ところで、お手洗いに行っていたんですよね?」

犬はそう言うと、タコへと鼻を向けて嗅ぎ始めた。

「どうかしましたか?」
「煙草のにおいがしますけど」
「あ」


ご清覧ありがとうございます。
よろしければこちらもどうぞ。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?