最後の日に見た背中。

その日僕はいつものように東洋館に向かった。
出番は二番手だが、
僕は必ず11:30には東洋館に着くようにしている。

当番や出番前の芸人から言われる。
「早くない?」
真面目だもん。

意外とそういう所あるんだ、ムサシって。

でも、良い事ばかりだし、
遅刻はもちろん無いし、
その時に居る先輩から、
「まだ出番まで時間あるならお昼食べる?」
とか言ってもらえたりする。

そして、僕の大好きな師匠が出る日には、
「お茶でも行くか?」なんて誘って貰える。
11:30に東洋館に着いて「早いね」って言われるムサシよりも早い、
10:00には東洋館に来ているらしい、
名物師匠、”東京二”だ。

そしてその日は、
京二さんの最後の舞台だという日に、
出番をいただいていた。
※ちなみに、
京二さん呼びは京二さんと話す時もなので、
生意気に言ってる奴じゃないからね。

僕が東洋館に入ろうとすると、
下の入口で京二さんが数人の方と話していた。

”またお客さんに絡んでるのかな”って思って挨拶がてら、
「またお客さんに絡んでるの?」って聞いたら、
「師匠のご家族の方です」って後ろから東洋館のスタッフさんが言った。
これは失礼、やらかしましたね。
京二さんの奥様が奥から現れて、
「いつもお世話になっております」から入り言葉でムサシに言う。
流石時代を生きる師匠のご家族だ、丁寧な口調で挨拶を貰った。
京二さんも僕を見るなり、いつものように「おぅ!」と。
やりとりを見てご家族の方もムサシに安心してくれたようだ。
そりゃそうだ。
突然ワイルドな男が絡んできたんだから、
余りのオーラに魅了されてしまうのも無理はない。

そして、奥様の手に抱かれていた花束に目をやる。
舞台終わりに花束を渡すつもりだろう。

元々ちょっと噂になっていた。
”京二師匠が引退する”

密かに話されていたやつだ。
本当か否か。

実は、ムサシは直接、京二さんから聞いていた。
ある日の東洋館。
その日も僕は食い付きで(二部一番手)出番をいただいていた。
朝からいると、京二さんが来て、
「君はもう出番か?」と聞かれたので、
「二部からです」と応えると、
「じゃぁお茶行くか?」とお誘い頂き、
京二さん行きつけのコーヒー屋へ。
そこのママに挨拶をして、
カウンターで横並び。
コーヒーで口を濡らし、
京二さんがママと会話をしているのを、
ムサシは静かに聞く。
とても優雅な時間。
「ここのコーヒーは美味いだろ」
確かに美味い。
鼻から抜ける香りが心地良い。
「京二さんでもこういう所知ってるんだね」
軽くボケを交わすと、
お得意の「何言ってんだよバカヤロウゥ、俺の若い頃はな・・・」
なんてニコニコしながら話し始める。
そして、ママからも「良かったね、若いお弟子さんに構って貰って」
なんて言われて、更にクシャっとしわを寄せて笑う。
ムサシを指差して「ママ、こいつの顔覚えてやってね、漫才協会の顔になる男だから」

冗談にも程があるぜ思ったので、
ここは返しに困りつつ、
「いやいや、師匠を超えるまでは勉強の身ですから」
って返してみた。

すると、京二さんは真っ直ぐ遠くを見つめて、
コーヒーを一口啜り、ムサシを見つめた。
「俺はしばらく休む事にしたから。ちょっと疲れたからよ、
またアイツ(相棒:結城たかし)には一人で頑張って貰って、
俺は休む事にしたんだよ」

突然言うもんだから、冗談だと思って、
「何言ってんですか、まだまだ元気でしょ」なんて返した。
それから京二さんは真面目な目で、
凄く丁寧に説明してくれた。

でも、その時のムサシは信じなかった。
だってその時過ごして居る時間、
ムサシの目に映る京二さんからは想像出来ないモノだったから。
だが、あの目を見て、半分は信じていた。
半分だけ。

それから月日は流れて。

奥様からの挨拶、手に抱いた花束、
本当に最後の舞台なんだって思った。
”しばらく休むだけだから”
本当に休むんかいって心の中でツッコミを入れ、
東京二・たかし、最後の舞台。
前説爺の中ちゃんは、
たかし師匠からサプライズの手伝いを頼まれていたらしく、
師匠方が舞台に上がると準備していた。
絶対に皆で拍手をして幕を閉じようと提案して、
「頼むから俺も舞台上がらせて、お礼だけ言わせて欲しい」
と中ちゃんに頼み込み、
衣装に着替えて、
京二さんから貰ったネクタイを締めて、準備した。

その日は20分間に渡る漫才を繰り広げ、
会場を盛り上げていた。
本当にこんな人が引退するのだろうか。
そんな事を思いながら舞台を真剣に見つめる。
遂に、たかし師匠が中ちゃんを呼び出し、
花束を渡す、本当ならここでお客様に、
「師匠は今日でちょっとの間お休みをいただくようで、皆様凄い日に来てくれました!師匠、また元気な姿で・・・・」的な流れを作るのが、
舞台に呼ばれた芸人の仕事だろう。
だが、そんな事する訳もなく、客席に聞こえていないような声で、
何かボソボソ言ってよたよた帰ってきた。
呼び込む予定は?って聞いたら、
ヘラヘラしながらどっか行きやがった。
お客様も拍手のタイミングが分からず、
変な空気になっていた。
そして、漫才が再開。
これは凄く後悔が残ったから、ここで軽く吐かせてくれ。

無事舞台が終わり、京二さんの着替えも終わり、
そそくさと帰ろうとする。
花束を置いて←完全に忘れてんだろ。
これはチャンスだと思ったムサシ。
花束を抱えて「下まで持ちますよ」と。
ムサシは普段乗らないエレベーターに一緒に乗った。
ここでムサシの糸に刃を掛けた一言があった。
「終わっちゃったなぁ」だって。
天井を見上げて。
扉が開くと、既にご家族が待機されていた。
「お父さんお疲れ様」って。
花束を義息子さんに渡した。
京二さんはムサシに「近いうちに家来いよ、電話するから」
って。
僕はポケットから名刺を取り出し、
「もちろん行きますよ、だから絶対連絡してね、コレ6枚目だよ!」
っていつものボケを言うと、
奥様から「言わないであげて~w」って。
その時の奥様の目の奥を即座に感じ取った。
俺ってそういう事出来るのよ。

京二さんが娘さん達に話しかけに向かったので、
小声で奥様と会話した。
京二さんの現状。
この先の事。
全て。

あの日コーヒー屋で話した事が全て真実に変わった。

京二さんはムサシを見るなり、
「一度な、本当に来いな。早いうちにな」
だって。
早いうちにってなんだよって思ったから。
「大丈夫だよ、再来月あたりひょっこり東洋館顔出すでしょ、待ってるから」って言ってやった。
そしたらさ、
またクシャって笑って「じゃぁね!」だって。
奥様とご家族に挨拶をして、
帰っていく京二さんの背中を見つめた。

振り向いたら後ろに、事務局の空さんが居た。
なんか、落ち着いた。
ありがとう、空さん。

まだ、タイミングじゃねぇもんな。
さて、売れる準備でもしながら、
電話待ってるかな。

まじで掛けて来いよ、
京二さんがな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?