週刊ヲノサトル vol.3 (2018.10.15-10.21)
/打てば響く
/渋谷ストリームの欠点
/映画と教養
/自殺というテロ
/ちがうから恋におちる
/ポケット・ジョーク
/大学の不条理
/砂漠芸術論
/痛いのは生きてる証拠
他
10月15日 (月)
■ 月曜の朝、手を滑らせて牛乳の入ったシリアルの皿にコーヒー粉をぶちまけたことのない者だけが、この私に石を投げなさい。
■ 洗ったジーンズをたたんでいたら、ポケットからクチャクチャに丸まったハンカチが出てきた時の気持ちを140字で述べなさい。(5てん)
■ 帰国した旧友と会う。飲むほどにオーバードライヴする会話を楽しむ。ある種の同窓会みたいに昔話しか話題がないなら次も会おうとは思わないが、お互いアップデートし続けてれば昔のネタから直近のヤヴァい案件まで話題は尽きない。そんな相手との時間を彩る「酒」という存在に、感謝である。
気が合うポイントは二つあって、「リファレンス」と「パンチライン」。
話題が「これって映画で言えば○○だよね…」となった時、めぼしい映画はだいたい観ていて、話にすぐ食いついてこれる教養力。リファレンスとなる情報を共有していること。
さらに、面倒くさい説明を即座に5・7・5ぐらいのキャッチーなパンチラインに変換してパンチの効いた会話ができる語彙力。
要は情報交換のスピードを共有できるかどうか。たとえ価値観は一緒でも、この「スピード感」が近くないと、友情も恋愛も難しい。
昔の人はこの感覚を「打てば響く」と簡潔に表現しました
10月16日 (火)
■ で、その友人たちと昨夜は、渋谷ストリーム のテラスで渋谷川を眺めながら飲んでたんだけど。景色はなかなか美しい。スクランブル交差点あたりの雑踏に比べたらキラキラ感がハンパなく、デェトにご利用くださいと顔に書いてあるようなエリアだ。エリアに顔があるかどうか知らんが。
だが、ここでのデェトをたくらんでる若い衆にひとつだけ助言しておけば………
ドブ臭い。
もちろん我々はどこまでもポジティブな酒徒なので「いやぁ、アジアの裏道の屋台で飲んでる感じで最高だよねー!」と盛り上がってみたものの、キミが誘うデェト相手も同じぐらい寛容であることは保証できない。
あと、どの店もラストオーダーがとても早いので、二次会で流れてみるかなんてユルく考えてる人は気をつけたほうがいい
■ 昨夜の友人の話(思い出しメモ)1
「無学」と「無知」と「無能」はちがう。無学でも知性や能力の高い人がいるし、学歴はあっても知的じゃない人もいる。
■ 昨夜の友人の話(思い出しメモ)2
昔の映画館には併映があった。たとえばジョン・ローン三本立て特集があれば『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』 『ラストエンペラー』 『ラスト・ジゴロ』といった全く傾向のちがう映画を、個人的な好みに関係なく観たりした。そういうことがある種の教養になった、と。
(僕の場合)レンタルビデオもまだなかった子ども時代、ロードショー番組が楽しみだった。『大脱走』とか『ボルサリーノ』とか『青い体験』とか、全く脈絡のない映画を毎週見続けたのがある種の教養となった。ジャンルを選ばず無節操に映画を観る癖は、あの頃に養われたのかもしれない
■ 昨夜の友人の話(思い出しメモ)3
昨夜、日本人の自殺率の高さの話題になって、僕は語った。「たまたま通勤電車に乗った時、人身事故で止まった。正直イラっとした。なんでこんな朝の忙しい時間に飛び込むんだと。周りの乗客も相当イラついてる空気だった。「死ぬのは勝手だが、周りの迷惑を考えろよな!」的な。
だが待て。この国で、電車への飛び込み自殺がこれだけ続いて一向に止まないのは、ある種の自爆テロではないか? 身動きできずギッシリ積まれて毎朝運ばれていく会社員たち。運行が1分遅れても謝罪する鉄道会社。レールから外れたら舌打ちされる社会。そんな息苦しさへの無意識の抵抗という「表現」ではないのか?
「人身事故」の一言で片付けられてしまった名も知らない誰かは、しかし「迷惑かけんなよ」なんて思ってる僕のような人間にこそ、テロの刃を突きつけたかったのかもしれない。
── などと、酔っ払った勢いで語ってしまったのであった。特に結論は、ない。
■ 「好きなもの」が何もない人って、人生つらいと思うんだけどな。「好きなのに忙しくて、好きなものに時間が費やせない!もっと時間がほしい!」って言ってるぐらいが、多分ちょうどいい
■ しっかり者とオッチョコチョイ、おしゃべりと無口、常識人と変人…… 正反対の人間こそが最高のバディになり得ることを、無数の映画から僕らは学んだよね。似てるから恋するんじゃない、ちがうから恋に落ちるんだ。
10月17日 (水)
■ 我が子に不満があるとすれば、学業でも素行でもなく、しばしば飲み残した炭酸飲料の蓋を閉めないで、ほったらかしていることだ。これだけは看過できない
■ (突然ですが古典ジョーク。)
英語の苦手な人が、タクシーを呼んでもらうためホテルの人に「コール・ミー・タクシー」と言った。そしたら翌日から「ハーイ!ミスター・タクシー」「元気ですか?ミスター・タクシー」と声をかけられるようになった
という話、けっこう好き。
などと書いていたら、中学生の頃に角川文庫から出ていた「ポケット・ジョーク」というシリーズを買い集めていたのを思い出した。
今だったら絶対に表で言えない差別ジョークとか、ポリティカリーにヤヴァいネタてんこもりだった。時々思い出して、シャレのわかる友人には披露するが、ツイッターなどには絶対に書けない…。
■ 現代思想の最新号『特集・大学の不条理』曲がりなりにも(曲がりすぎているが)大学関係者としては、考えさせられる論考多数。大学に限らず、今の時代「学び」ってどうあるべきなのか。どうありえるのか。
ドミニク・チェンさんと谷口暁彦さんの対談で、学びの目標がドライビング・テクニックにたとえられてるのが面白かった。
谷口「私も学生に、作品を作ることは、自動車の運転に近いと話すことがあります」
<略>
「いちいち法規や運転マニュアルを読みながら運転をすることはできません」
<略>
「理論や技術は無意識に動かせるように身体化していなければ、作品を作る時のスピードに置いていかれてしまうようなことがある」(p.171)
10月19日 (金)
■ 今宵は「名作のタイトルに2文字足して微妙な感じにする」のタグがアツいな…。
■ ツイッターでいちばん大事なのは「ツイートしない勇気」だ
10月20日 (土)
■ 「パパ、コーヒー好き?」
「好き」
「コーヒーみたいな目をしてるからだな」
「コーヒーみたいな目」
■ 盟友の「アニキ」こと 佐々木成明 さんが四年間あたためてた砂漠についての本を、ついに出版。その名も『砂漠芸術論』
いったい何なんだよ「砂漠芸術」って? でも言われてみれば確かに、西部劇も アラビアのロレンス も スターウォーズ も、ぜんぶ砂漠から始まる話だなあ
10月21日 (日)
■ 子供のころ読んだ望月三起也さんのマンガ 『ワイルド7』では、敵にやられて痛がる仲間を主人公の飛葉ちゃんが「痛いのは生きてる証拠」と鼓舞していた。大人になった今も、身体にガタがきたり心が疲れた時は、この台詞を自分につぶやく。「痛いのは生きてる証拠!」
■
「パパって忙しぎみ?」
「うん。今はくつろいでるけど」
「くつろぎぎみか」
それではまた来週。
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