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Life Cinematic in Tokyo-バヤデルカ-

渋谷の東急文化村で、2年ぶりのレニングラード国立バレエを観た。
今回は3列目という舞台間際の席。

思い返せば、「ドラリオン」予約よりさらに前、確かまだ春先だった気がするけれど、友人が「来年の話をすると鬼が笑っちゃうけど」と言いながら誘ってくれた。
俄かに想像できないくらい先の予定ではあったけれど、だからこそ断る理由がない。
「もちろん行きます!」と二つ返事で答える。

そして、スケジュール帳の10ヶ月先のページに「バヤデルカ」と書き入れる。
それってどんな話よ?と思いながら。

「先の予定」を立てられるようになったのは、転職の賜物だ。
以前の仕事をしていた頃は、当然のように先のことが見えなかった。
だから、よっぽどのことでなければ、数ヶ月先はおろか、今週末の予定さえ立たないことがままだった。

平日は基本的にプライベートな用事は入れない。
かろうじて、金曜日の夜に人と会う約束などをしたりもするけれど、それも内心ハラハラのスケジュール。
そんな生活の中では、芝居だとかコンサートだとか、バレエだとかスポーツの試合だとか、人気のあるチケットをあらかじめ入手するなどというのはリスクが高すぎる。
だから、一昨年までの私は、ほとんどその類に足を向けたことがなかった。

映画を観ることが多かったのは、予定を立てずに思いつきでふらっと立ち寄れるからだし、自宅でDVDを観るなら時間に囚われないからだ。
だから逆に、転職して以降は映画を観る機会が減って、それ以外のエンタテイメントに触れることの方がむしろ多い気がする。

「ライブ」というのが、私の中の最近のトレンド。

高校3年の夏、大阪で劇団四季の「キャッツ」を観た。
受験生の夏に片道2時間かけてミュージカルを観に行ったということに憤慨を交えつつ呆れていた(まあそれくらいいいじゃないかと思うけれど)母は、三者面談の場で担任に「この子は受験生の自覚もなく・・・」と言いつけたのだが、担任の方は私にこう言った。
「ミュージカルとか好きなのか?じゃあ、東京に行ったら、芝居やコンサートにいっぱい行けるぞ」

担任は歌舞伎が好きだそうだが関西では公演数が少なく、やはり東京はエンタテイメントにおいて断然豊かな場所なのだと主張したのだ。
私の志望大学は東京にあったから、そのことで彼はいい具合に私のやる気を煽ったし、まさに私はそういったものを求めるからこそ東京に行こうと決意していた。

受験のために上京したとき、東京駅から渋谷に移動する山手線の車内で中吊りに「モネ展」の広告を見つけ、ホテルにチェックインするより前に、その足で展覧会へ向った。
重い荷物を持っていたのを憶えている。
試験の前日のことだった。
今さら単語帳をめくってもしかたがない。
私は、モネが観たい。

私にとって重要なことは、大学に行くことより、東京に行くことだった。
上京するために、東京の大学に進学する必要があった。
多くの地方出身者の想いは、たぶんそんなふうだと思う。

そんな想いで上京したはずだったが、いざそこでの生活が始まると、学生時代は遠距離恋愛をしていて週末は東京にいなかったり、お金がなかったり、社会人になってからは忙しさにかまけたりで(社会人最初の4年間は東京にいなかったし)、ちっとも理想は実現されなかった。
本来自分がしたかったはずのことが、一つもできていない。
こんなことでは、東京で暮らしている意味がないかもしれない。

それを強く実感したのは、昨年の10月にニューヨークに滞在した折だ。
たった5日間の日程でマンハッタンを楽しもうとしたら、一日3イベントくらい詰め込んで、疲れ果てるほど遊ぼうということになる。
ブロードウェイ・ミュージカルはもちろん、ジャズライブ、ゴスペルライブ、アイススケート、サンセットクルーズにミュージアム・・・とやりたいことを精力的にこなす。
マンハッタンは小さな小さな島なのに、そこにはあらゆるエンタテイメントがあり、レストランがあり、街並みがあり、濃度の高い刺激に満ちている。
その事実に感激し、知れば知るほど貪欲になった。
ニューヨークが大好きだと思ったし、こんなにエキサイティングな街に暮らしたら、毎晩、何かしら面白いことを見つけて楽しむに違いないと、その生活を想像した。

けれど、同時に思ったのだ。

東京だって、面白いはずだ。

ニューヨークに負けず劣らず、東京にはエンタテイメントがある。
文化、芸能、情緒、歴史がある。
世界一豊かなグルメがあって、毎日エキサイティングなことが起こっている。

それを堪能していないのは、私のせいだ。

滞在が5日間だけだとしたら、普段しないようなことをして、普段出入りしないような場所にも行くのに、いつでも行けると思うと逆に動かない。
そんなことをしている間に、東京暮らしは、既に通算8年になる。

この街でいかに暮らすか。

街こそは、最大のエンタテイメントなのだから。

先日観た「バヤデルカ」は、インドの古典を元にしたクラシックバレエの一つ。
心奪われたシーンは、第3幕の幻想的な群舞。

恋人を亡くした主人公が迷い込む幻の国で、山の頂からいくつもの幻影が降りて来るのだ。
ゆっくりと、ゆったりと、淡々と、正確に。

全員がまったく同じ動きを何度も何度も繰り返しながら、一人一人、次から次へ白いチュチュの踊り子が列をなして登場する。
これでもかというほどの単調な繰り返しだが、これが飽きるどころか、かえって気持ちを盛り立てていくから不思議だ。

それは、吐息をつくほどの美しさ。
緊張が舞台を敷き詰めて、連なるアラベスクとともに感動が胸いっぱいに広がる。
筆舌ができなくて、ともかくもあなたにも見せてあげたい、という想いだ。

バレエに出逢えて、好きなものが増えた。
そのことが、とてもとても嬉しい。

2006-2007年
レニングラード国立バレエ東京公演

■2007/2/17投稿の記事
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