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Mille emotion-センターステージ-

先週末、初めてバレエというものを観に行った。
演目は、クラシカルにレニングラード国立バレエの「白鳥の湖」。

誘ってくれたのは、仕事のカウンターパートの一人として親しくなった同い年の女性で、仕事以外の場で個人的に会うのは初めて。
「今度また食事でも行きましょうね」と言ってから半年、年末にメールでお誘いをもらって初めて、彼女が演劇好きな人だと知った。

彼女自身が趣味でバレエやっているそうで、「へえ」と感心した。
「カラダ、やわらかいんですか?」と、アホっぽい質問をしてみると、「やわらかいですよ~。開脚とか全然平気」と答える。
すごいなあ。純粋に、感心してしまう。

神奈川県民ホールに集まった観客は圧倒的に女性が多かった。
バレエと言うとチケットが結構高いのだけれど、日本では公演数がそもそも希少なので、その日もほぼ満席の大入りだった。

私も含め、あまりその方面に詳しくない人のバレエに対する一般的なイメージは、繊細で美しく、ロマンチックで乙女チック、感傷的で高尚で、ツンとすましたような感じかもしれない。
「100人に聞きました。お嬢様のやっている習い事と言えば?」とやったら、ピアノ、バイオリンに並んで、必ずバレエが挙がるだろう。

けれど、初めてバレエの舞台を観て、その重層構造の感動に私は心底驚いた。
これは、気安く「お嬢様の習い事」と片付けることなど到底できない、人間の英知と感性がぎゅっと詰まった奥深い複合芸術だ。

群舞の多元的構図たるや、エトワールの人並み外れた身体能力たるや、重厚なチャイコフスキーたるや、的を射た舞台装置たるや、そして、全ての要素を高まり紡ぐ演出たるや!

幕が下り、「どう?」と感想を求められて、「ドラマチック」と答えた私。

ジークフリート王子は、呪いによって昼間は白鳥に姿を変えられているオデット王女と出逢って恋に落ちる。
オデットの呪いを解くのは、真実の愛だけ。
けれど、悪魔ロットバルトが邪魔をする。
オデットそっくりのオディールを王子のもとへ送り、王子は間違ってオディールに結婚を申し込んでしまう。
それを知り傷つくオデット。過ちに気づいたジークフリート。
愛の証明に二人は命を落とす。
小学校にあがるより前、テレビでディズニーのアニメ映画「白鳥の湖」の予告CMを目にし、観たいとねだって連れて行ってもらったことがあるけれど、そんな子どもでも容易に理解できる単純なおとぎ話。

けれど、オーケストラのチャイコフスキーはその単純な物語に抑揚をもたらし、バレエの計算された巧みさと鍛錬されたしなやかさによって、ミステリアスな真夜中の湖畔や狂おしい愛や、悪魔の不気味さが、見事に表現されていた。

なるほどクラシックというのは、同じ筋書きに同じ振り付け、同じ音楽で描かれるわけだけれど、だからつまらないということにはならない。
律儀に守られるものの中には、研ぎ澄まされた完成度と説得力がある。
果たして等しく心揺さぶるなりのわけがある。
むしろ、だから、クラシックとなり得た。
映画も同じ。クラシック映画として名を残すものは、時代を超えて普遍的な良さがある。

「白鳥の湖」も、やはり、見せ場になる定番のダンスは特に素晴らしかった。

第1幕の2場、4羽の白鳥の踊り。
一列になった4人のソリストが手を交差させるようにつなぎ、コミカルに現れる。
伴奏はとても有名。ファゴットの小刻みなリズムにオーボエの旋律はアレグロ・モデラート。
ステップも跳躍も、挙動の全てがきれいに揃って美しい。
あんなに高く跳ぶのに、着地する音が全く聞こえないのが不思議だ。
ピンと張った背筋と丁寧なつま先は、体中を抑制する緊張の技だろう。

第2幕、オディールの32回のグラン・フェッテ。
32回連続で、片脚だけで回転する。
音楽はこれでもかとばかりに場を盛り上げて、観客は息を飲んでその奇跡のダンスを見守る。
プリマはそのプライドを見せつけるよう。
あんなふうに、人を黙らせるほどの技を演じきるのは、どんなに誇らしい気持ちだろう。
そしてその誇らしさを裏付けるところに、どんな生き様があるのだろう。

バレエ・ダンサーは、この世で最もストイックな人種の一つだと思う。
美しさをひたすら追求する自分に厳しい人。
若い頃に自らの道を決め、センターステージに立つためだけに青春を費やす。

思い出したのは、ニューヨークの名門バレエ学校の練習生たちのトップダンサーへの夢と、等身大の現実を描く映画「センターステージ」。
プライドのぶつかりあい、葛藤と挫折。

その映画の中でも、卒業公演として「白鳥の湖」は踊られる。
32回のグラン・フェッテは、やはり大きな見せ場。
プリマは、豊かな才能の上にストイックなレッスンを重ね、踊り切る。

バレエの舞台を実際に見る機会に恵まれてよかった。

幾重に重なるコール・ド・バレエ(群舞)は、微妙な視線の角度で違った表情を見せる。
右へ左へ、手前へ奥へ。
つま先へ指先へ、伸ばした腕、折り曲げた脚。

ドラマチックだ。
千枚の葉、ミルフィーユ(Mille-feuille)を頬張るような、多層の感動。

人の、才能と鍛え抜かれた努力によって作られた、千枚の感動。Mille-emotion。


センターステージ Center Stage(2000年・米)
監督:ニコラス・ハイトナー
出演:アマンダ・シュル、ピーター・ギャラガー、ドナ・マーフィ他

■2005/1/30投稿の記事
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