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ぬこの記憶☆8-①

次男坊はちとの出会い

その白黒はとつぜん目の前に現れた。
といっても動いて私の前に来たわけではない。
渋滞中の前のトラックがようやく少し前進した為、その車の下にいた白黒が私の視界に入ったと言ったほうが正しい。

緑色の眼をしたその子猫は運転席の私と目を合わせた。
反射的に助けなければと思った私はハザードランプを点けて車から降り、後続に手を挙げて自分の車の前に回った。

が、もうそこに猫はいなかった。
慌てて車の下や反対車線を探したが、いない。
え、消えた??

ここは橋の上だから他に逃げられる場所は無い。
「消えた...なんで?」
呟きながら運転席に戻り車をゆっくり出す。
渋滞しているとはいえ、片側一車線の国道の橋の上である。
脇に寄せることも出来ない。

橋を渡り切ったところのコンビニに停めて、もう一度歩いて探しに戻ることにした。
捕獲できた時のために空の段ボールを抱えて橋の歩道を急ぐ。
自転車で通学途中の学生に、白黒猫を見なかったか尋ねるが首を振る。
車道にも歩道にもいない...誰かが連れて行ってくれたのだろうか。

とにかく車に轢かれていないことだけを祈りつつコンビニに戻って行った。
車のエンジンを掛け、時計を見る。
ただでさえ今朝はいつもより遅く自宅を出た為、今から勤務先に急いでも遅刻は確定だ。
ふうっ、と大きなため息が出る。
もやっとした気持ちのまま出勤して、仕事に身が入るだろうか...
それよりも、あの白黒のいのちはどうなる?
車のインパネ表示をボーっと見ながら考える。
7/7/2010… ん、きょうは7月7日? 七夕なのか。

「よし決めた、探す!」
車を出すと川沿いの駐車スペースに停め、護岸壁の上からさっき渡った橋を遠目に眺める。

「あの辺だったよなあ、どこ行ったんだよ」
こちら河岸から二つ目の橋脚を凝視すると、川面から少し高い所にフーチング(橋脚の土台部分)が見えた。
肉眼なのではっきりしないが、そこに何やら白っぽい物体が落ちているようだ。
パッと見は白いレジ袋に見える。

もしや?
いやいや、もし猫が橋の上からあそこに落ちたとしたら助からないだろ。
高さは4-5mあるし、フーチングはもちろんコンクリートだ。
でも、もしさっきの猫だったら、怪我をしていても放ってはおけない。

今のところ白い物体はまだ動いていない。
十数えて動かなければきっとゴミだろうから他の場所を探そう。
そう思うことにした。
と、いくつか数えたとき、その物体はモソモソと動いた。

身体中が熱くなった。
近寄れる範囲まで川沿いを走ってもう一度見ると、その白黒猫は毛繕いを始めている様子だった。

怪我をしているような動きではない。
「助けるぞ」
そう決めた。
だが、白黒猫のいる場所は一級河川の橋脚の根元。
こちらの岸からは10m位だろうか。
水深はわからないが、人が歩いて渡れるような川ではない。
どうやったら助けられるのか。

無人島にポツンと取り残されたような小さな猫を見つめながら、
私は岸辺で途方に暮れるしかなかった。(続く)

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