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ほのぼの生きる  029_20230131

うぉんのすけをみてほしい

今日は昨年末に退職した職場に行ってきた。

「こんにちは!!」
「・・・」
結構無視された。

そう!今の私は退職時の容姿とすっかり変わってしまったので、誰も私が私だと気がつかない!
「えええーーーーー!!!」
「ファンキーーー!!!」
(私が一番お気に入りのLEFLAH&LEFLAH&ツイストスパイラルパーマ。まさに憧れのWANIMAのKENTAの装い、攻めのファッションで出かけた)

やっぱりな。そうだよね。
狙いどおり。クックック
まぁ、掴みはOK。

「その格好から元気そうであることはよーくわかりました!」
と皆に元気な姿を見せれたことがなにより(2キロ太ったけど・・・)

本当は実家の土産を持って先週行く予定にしていたけれど、雪のため行く気がしなかったのと頼まれていた残務(締切適当)が完了しなくて、月末の今日になった。1月末までには・・・と思っていたが、途中のダラケが響き、昨日と今日で猛ダッシュしたにもかかわらず間に合わなかった。ヤバいという気持ちで向かったが、気にしていた相手がなんと!休暇をとっていた。セーフ!また少し延びたぞ(いや、これは喜ぶべきことではない。とっとと終わらせるべしっ!)

言い訳するダメダメなうぉんのすけ

「最近はどうしているんですか?」
「いやー家事頑張ってます!毎日夫に感謝されてます。」
「次の仕事は?」
「いやーまだまだ。しばらくはこのまま。」

ところで・・・
今日私が一番言いたかったこと!
「わたし、”うぉんのすけ” やってます!みんな私の記事みてください。元気にやっていますから~」

昨年まで仕事をしていた私は、「生身の自分が自分」だと思っていた(当たり前だ)。
ここnoteの世界は私が作り出した世界。「本当の私」と「うぉんのすけ」というキャラクターは関係ないと思っていた。
ところが、ところが、だ!

最近の私、つまり無職の私は社会とのつながりがほとんどない。じっと家にいる。そして話す相手もいない(朝の英会話レッスンの講師と夜仕事から帰ってきてからの夫ぐらいだ)。
そうなってくると、一体私はどこにいる?となる。
そしてnote上では毎日のように一定数の方が「うぉんのすけさん!こんにちは!」と声をかけてくださる。
これは・・・!!!

一体、どっちが「私」なんだろう?
と錯覚を起こす。

なんとなくだけど、うぉんのすけは実際の私とあまり変わらないから、なんとなくこっち(note)が私の社会みたいになってきた。いわゆる職場みたいなものだ(ちょっと違う?)

先日、実家に帰った時もそうだった。
普段の私を見たかったら、「うぉんのすけを見て」とちょっとだけ思った。
前職場の人たちにとっても、彼らの世界にはもう私が存在しない。
だから、「うぉんのすけを見て」「私はここにいまーす(存在していまーす)」と言いたくなるのだ。

でも、言わない。
実物の私を知る人でうぉんのすけを知る人はいない。
うぉんのすけを大事にしたかったら、現実の社会に持ち込むべきではないなと思ったりもする。
でも、ちょっとだけ寂しい。
これは、仕事を持っていない(他の場所で他人とのつながりをもたない)者に限定される悩みだろうか?とも思ったりする。

これって承認欲求の一つなのかなぁ?

皆さんはいかがですか?(ここに来て、いきなりの質問。これは日記です。)

この問題を解決するために、なるべく外出して、毎日、生身で人と会うのがいいと思い始めたところだ。
明日から2月。さて、2月はどうやって過ごそうかな。

おまけ「今日嬉しかったこと」
掃除のおばさんに挨拶した。
「いやー、先週、雪がすごかったじゃない?今年はダメよ。あなたがいないから。だーれも、雪かきしなかったの。先導者がいないとさ。あなたの存在価値は退職後にみんな痛いほどわかったと思うわよ。」
嬉しかったなぁ。なんか報われた気がした。
でも率先して雪かきをする職員を育てなかったのは私の功罪だ。おそるべき「パワハラ」という呪縛。

うぉんのすけ「わすれてはいけない教訓」より


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