ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密

 ライアン・ジョンソン監督にそれほど思い入れはないのですが、大変評判がいいと噂ですので「ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密」を観てまいりました。007のダニエル・クレイグが名探偵役を演じるアレです。コメディタッチであるとのことですので、私はもっとおちゃらけた内容なのかなと思っていたら、実に真っ当なミステリなので驚くとともに、大変楽しみました。なのでネタバレはなしで、感想というか余談がほとんどになるかもしれませんが書いていきたいと思います。

 ある老富豪が家族全員で集まって誕生日を祝われたその夜に刃物で自殺、その死には隠された真相があったのではないかと、名探偵ブノワ・ブラン(ダニエル・クレイグ)が一癖も二癖もある家族たちを相手に謎解きを始めるというものですが、もうブランの登場からして人を食っていて笑えます。なんの紹介もなしに刑事たちの後ろに座っていてピンボケでよく見えないという登場です。家族たちの聞き取りも、編集でザッピングして、テンポは良いのですがミステリとして厳密な証言が伝わってこないやり方ですので、そういう細かいところはどうでもいいというノリなのがわかります。そうなのです。真っ当なミステリと言いましたが、これはミステリとして有名な原作小説があったりするわけではなく、映画として映えるミステリとして真っ当なのです。トリックであったり、謎解きであったりという仕掛けは、名作ミステリ並みに凄いということはなく、よくあるパターンの組み合わせのようで、そこまで奇想天外であったりはしません。ただし凄く映画的で、映像で見せることで「なるほど」と感心するようなものになっています。そもそも小説は映画にするために書いているわけではないので、実はミステリ小説として優れたものを映画化すればミステリ映画として優れたものになるとは限りません。そういったことを踏まえてライアン・ジョンソン監督は、映画映えする要素を重視してオリジナル脚本を書くことで、さらにそれを自分が演出することで、見事に映像で見て楽しいミステリを作ったのでした。この映画を例えば小説にしたとしても、きっとそんなに面白くないでしょう。

 家族の不和や、遺産相続争いなど、ミステリとして定番のものを入れつつも、普通にミステリに使ったら反則だろというような要素、これは書いていいと思いますので書きますが、看護婦のマルタが嘘をつくと吐いてしまうという特異体質で、それを利用した展開なども面白く、また当人の頭の中で考えていることも映像で観客に見せることができますので、犯人探しミステリかと思いきや、探偵の知らないことを観客に先に見せて、いきなり倒叙ミステリのような感じになったり、前半でほぼ真相だろと思えるところまでネタを割っておいて、ここからどうなるのかと思えば、後半は移民問題を絡めたドラマを見せてくれたりと、実に先の読めない脚本で、本当に感心しました。難を言えば、ちょっと強引なところがあったり、探偵が証拠もなしにどこまでも解きすぎていることや、そもそも容疑者が少ないので、最後に明らかになる結末自体は驚くほどのものでなかったりということはありますが、それでもここまで楽しませてくれれば充分だと思います。

 役者さんたちも下衆な人間を目一杯下衆に演じておりまして、これはやっていて楽しかったんじゃないかなと思います。終わってみれば非常にこじんまりとした話なんですが、アクションとか爆発とか、ビックリさせるような演出とか、ショッキングな描写とか、そういうものほとんどなしにここまで面白いと思える映画になったということは、やはりライアン・ジョンソン監督の手腕が優れているからなのだなあと思いました。終わってすぐにもう一度最初から観たいと思ったくらい私は気に入ってしまいました。これでネタバレはしていないと思いますが、大丈夫かな。

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