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化け物に遭遇

 レストラン中央のテーブルで、DRCのモンラッシェを丁寧に開栓した若いソムリエは、自らのグラスに注ぎ一口試飲すると、目を大きく見開き、天を仰ぐようにフーッと息を吐き出した。そして、至極ご満悦気に言った。

「どこかの星まで吹っ飛ばされそうですね。」

 なかなか粋なセリフだ。ただその時に、それが実際に起こるなんて、誰が予想しただろう。私たちを陶酔させたモンラッシェは、なんとその夜、ケイコを初の幽体離脱へ送り出したのだ。翌朝、興奮気味にケイコが言った。

「なんかね、大空に舞い上がって、下を見ると山と山の間に川が流れている。するといきなり急降下して、谷間を地表ギリギリにビューンと飛んで、次の瞬間に急上昇。そのまま大気圏に飛び出しちゃって、わぁ、星が綺麗。そしたら今度は下の方に青い地球が見えて、またまたヒューンと急降下。そんなことを繰り返して、一晩中飛び回ってたのよ。こんなの初めて。高いところも全然怖くなかった。」

 昨夜のモンラッシェは、本当に凄かった。まるで「化け物」。何か食べようとすると、奴が嫌がる。そんな気がして、頼んだ料理を殆ど食べられずに終わった。ありえないことだった。でも事実。本当に「とんでもないもの」に出逢ってしまった。どうしよう。

「あの衝撃が、あの内からくすぐられるような官能的な刺激が、忘れられない…。」

 何かをしなければ…、と逸る心で、私たちは二ヶ月後の秋、ラムロワーズにやって来た。

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