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息子よ

ホームまでの見送りは断られた。駅の2階の改札口からは、新幹線のしっぽしか見えない。時刻表どおりに動き出した緑色のしっぽは、あっという間に見えなくなった。


東京から逃げるように帰省して来て、こっちで17日間を過ごした息子は、好物のサーモンとイクラを大量にたいらげ、3㎏太ってノソノソと自分の家に戻って行った。ヒグマか。


眠ってしまった。とっくに家に着いたはずだ。「着いた」ぐらいLINEできないのか。前の日ボソッと言った「帰りたくないなぁ」。思い出したら涙が止まらなくなった。違うんだよ。そうじゃないんだ。

よく「息子のことは一日も忘れたことはありません」って言うお母さんがいるけど、わたしは無理だよ。いつも忘れてる。すっかり忘れてる。こんな母親でゴメン。違うんだってば。淋しいんじゃない。


息子よ。お前が「東京で働きたい」と言った時、うれしかったんだ。まだこっちで学生の時、突然標準語で話すようになってびっくりしたけど、覚悟がわかったよ。お前の名前をつけたのはわたしだ。「グローバルな人間になってほしい」という壮大な願いを込めた。知ってるよね。

東京でひとりで頑張ってる。偉いと思うよ。わたしにはできないもの。今だって逃げ出した実家に戻って、肩身が狭く住んでる。生まれ育った家に帰省できなくてゴメンね。

晩ごはんを食べながら、仕事の話をしてくれたけど、一度も愚痴を言わなかったね。わたしとお前の妹は、毎日愚痴ばっかりだよ。時にはお互いの話をちっとも聞かずに、自分のことばかりしゃべってる。

お前は辛いことやイヤなことがあった日も、誰もいない部屋で自分でご飯作って、たったひとりで食べてたんだね。料理なんかしたことなかったのに。ところで、炊飯器の内釜から、3合のご飯を直接箸で食べるのやめなさい。妹がばらしたぞ。


「Working  men  blues」という曲があるんだ。運転しながら聴いたらダメなやつ。前が見えなくなる。ギターの晴一さん作詞のポルノグラフィティの曲だけど、こんな曲があるからファンやってる。

「歯車なんかになりたくはないんだ」と
ロック歌手が得意げ    声高に叫ぶ
そういうあんたには
明日は変えられないよ きっと

Working  men  blues 
連なってゆけ たとえ小さな歯車でも
噛み合ってゆけ 微力たちよ 
硬直したこの時代に 
お前がやらなきゃ誰がやる? 
Working  men  blues

『Working  men  blues』ポルノグラフィティ
作詞/新藤晴一

勝手にお前の曲だと思ってる。お前も歯車のひとつ。今は希望の部門じゃなくても、いつかきっと願いは叶うはず。ただ、どうしてもイヤだったら、その時は辞めて帰って来ればいい。

ほら、聴いてるとやっぱり涙が出てくる。どうしてかな。いや、だから、淋しいから帰って来てほしいって言ってるんじゃないってば。











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