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読書日記:死の谷 怪奇幻想短編小説

 この館には時々本も迷い込んでくる。
 しかし鳥の雛のようにひたすら待つよりは、やはりこちらから……本屋やKindleで探した方が好みには合致する。セールがあればなおさらいい。そういうわけでときおりAmazonの奥地に入り込むわけだが、こいつはKindleUnlimitedに入っていたので、手を出した理由は本当に何となくだ。タイトルや表紙買いと似たようなもので、「ビビッとくる」というのが正しいか。
 しかしこれがとんだくせ者だった……いや、かなりクオリティが高いという意味でな。

 というわけで今日の読書日記は〈間瀬純子「死の谷 怪奇幻想短編小説」〉だ。
 しばらく読書日記などつけていなかったが、書こうと思うインパクトはあったな。
 まずタイトルに嘘偽りが無い。怪奇幻想短編小説、そうとしか言い切れない。ここの管理人である雪だるまも主に海外ホラーを好むが、あっさり陥落しそうになっていた。なにしろ作品はどれも緻密な描写がなされていて、表現力も高い。はっきり言って一日一作くらいにしておかないと、脳が言葉で埋まる。
 ただ、もともとはホラーアンソロジー《異形コレクション》に掲載された作品もあるから、アンソロジーのタイトルを把握しておくと状況を補強しやすい場合があるな。

【ミライゾーン】
 とある昭和の特撮番組と、特撮に影響された子供への責任と、それが妖怪を生んだ話。
 昭和に描かれた、未来からやってくるヒーロー「ミライゾーン」の番組が引き金となり、やがて主人公を引き入れる。主人公の兄は多分そういう怪異になってしまったのだと思う。
 「未来妖怪」というアンソロジーに収録された作品のようなので、それを踏まえるとそういう妖怪になったのかもしれんと腑に落ちるところがある。

【黄色い花粉都市】
 花粉の舞い散る都市で暮らす少年少女たちの物語。
 花粉都市の正体が明確には語られないため、小説というより一枚の絵画を見て状況を幻視したような気分になる。「アザヒカヴァ」になんか笑った。

【野鳥の森 (プロメテウス夫人)】
 やたらと老いるのが早い子供たちを材料に、良人(夫)を何度も作り上げる夫人と館の話。
 男は科学によって人を作ったが、女は裁縫によって人を作る。裁縫技術によって作り上げられている肉体の描写は、美しさとグロテスクさが見事だ。しかし夫人自身もまた、このシステムに縛られ逃げられないのだろう。

【ジャンヌからの電話】
 代理母になった黒人女性が、祖父の電話に翻弄される話。
 黒人差別の時代と代理母、そして電話と祖父がかわした古い神との契約が混じり合う。現代が舞台であることは「ミライゾーン」と同じだが、こっちは史実と幻想とが混じり合い、やがてどこか物悲しささえ感じる結末を迎える。

【死の谷】
 とある吸血鬼一族の奇妙な……いや奇妙すぎるのとよくある吸血鬼と違いすぎて独創性が凄い。しかしこれ、吸血鬼の一族と言われないとわからない気が。まあタイトルのところに書いてはあるんだが。まるで巨大な墓場のようなディストピア。

【新しい街】
 累星町という生まれ故郷に呼び戻されたCGデザイナーの主人公が、街の秘密に巻き込まれていく話。ミライゾーンでも若干その要素はあったが、「優秀な兄と、ややコンプレックスを抱いた弟」という構図がここでも出てくる。ただしこの話での兄は……。
 幽霊譚でもあるが、幽霊の話が主軸ではなく、あくまで町の話だ。前半で開示されていく情報が後半で次々に「実は……」とわかっていくのはミステリー的でもある。明確な「正解」が提示されるので、割とストレスフリーだ。そのくせ内容としてはいちばん日本人的というか、日本的な話だな。最後を飾るのに相応しいと思う。

 これまで怪奇幻想作品も海外ものを主流に読んでいたからか、一作目の「ミライゾーン」からして結構新鮮な読書体験だったように思う。現実と非現実の境がいつの間にか曖昧になっていくサマだとか。ジャンルさえ曖昧だ。
 個人的に好きなのは「野鳥の森 (プロメテウス夫人)」と「新しい街」かな。前者はさっきも書いたが、一人の人間を科学技術ではなく裁縫で作り上げていくサマがまるでレースでも作るように描写されているのが、耽美ささえ感じる。箱庭のディストピアの中で繰り広げられる逃げ場の無さもいいな。後者はちゃんと町がどういう目的で作られたかの答え合わせがされているので、ストレスが無い。

 なかなか手放しで薦めづらいところはあるが、現在はKindleUnlimitedで読めるから、興味がわいたなら手に取るといい。損はさせないと思う。物理的な本もあるようだぞ。
 全体的にクオリティは高いし、緻密な描写に関してもかなり勉強になる……と溶けかけの雪だるまが言っていた。たまには緻密な描写で頭をいっぱいにしたい、みたいな時にもオススメだ。

 それじゃあ今回はこのへんにしておこう。
 ここまでありがとう。ではまた。

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