【あめの物語 出逢い編 8】
三人が仕上げた社内報の原稿をその日の夜に企画室に送信した佐井は、翌朝意気揚々と企画室の室長に電話を入れた。
その企画室では、送られた原稿の仕上がりに驚き、室長も仕上げた三人を褒め称えた。
佐井は自分が褒められているように感じ、とてもうれしかった。
「ありがとうございます。三人もきっと喜ぶことでしょう」
「任せてくれ、後でいい知らせができると思う」
室長との電話を終えても口元からは笑みが消えない佐井は、三人を会議室に呼んだ。
「もしかしたら、特別報奨が出るかもしれないぞ」
「本当ですか!」
「うわぁ~ すごい!」
三人は嬉しそうに顔を見合わせ、喜びの声をあげる。
「あぁ本当だ。室長が約束してくれた。もし、本社に呼ばれるようなことになったら三人で行ってこい。留守番は私に任せてな」
「え、部長には怖くて留守番任せられませんよ」
冗談とも、本気ともとれる美香の言い方に佐井は苦笑し、河合と吉田は笑いをこらえていた。
「さてと、私たちは一足先に打ち上げをしないか?」
「賛成!」
「じゃ、いつもの居酒屋に六時でいいか?」
「わかりました」
打ち上げはとても和やかな雰囲気だった。初めての時の険悪なムードが無くなったことが、佐井にはなによりうれしかった。
「ところで古林、例のあめさんの件はどうなっているんだ?」
「あ、はい。あめさんからは『来月で』と言われてました。明日連絡してみます」
「ん、直接連絡できるのか?」
「あ、いえ、詩織さんにです」
「危ない、危ない。シークレットラインだった」うっかり話してしまいそうになり、美香は小さく舌を出した。
美香は翌日の昼休み、あめに連絡したがすぐに留守電に変わる。
「う~ん、どうしよう。ま、いいや、また後でかけよう」
そんなことを考えていると、すぐあめから折り返しの電話が入った。
「こんにちは美香さん、先程お電話頂きました?」
「あ、あめさんこんにちは。はいしました。すみません、また後でかけようと思って……」
「ごめんなさいね、母の通院で病院の中だったから」
「そんなことないです、こっちこそすみませんでした。病院だったんですね、それじゃ夕方にまたかけ直します」
「大丈夫よ、今外の駐車場だから。ところでご用件は?」
「あ、はい。先日お話しした部長とのことだったんです。『あめさんのご都合を聞いてみろ』って言われて」
「そうですか、今週はお時間大丈夫なのですか? 佐井さんは」
「大丈夫だと思いますけど」
「美香さん」
「あ、はい」
「桜が咲いているのよ、ここの」
「え、ここって病院のってことですか?」
「そうなの。五分咲きくらいかしら、とってもキレイ」
「あぁ、そうなんですか」
「佐井さんにお伝えください『ご一緒にお花見しましょう』って」
「え! お花見? ですか……」
「そうよ、だってこんなに桜がキレイなんですから」
「お花見ですか…… わかりました」
「美香さん、もちろんあなたもご一緒にですよ」
「あ、はい、わかりました。ちょっと部長に話してみます」
「そうね、このお天気なら見頃は三日後くらいかしら。今日は火曜日だから週末の金曜日にしましょう。佐井さん、ご予定ないといいのですが……」
「大丈夫だと思いますが、部長と話してまたご連絡します」
「わかりました。お待ちしてますね」
「ふぅ……」
電話を切って、美香は思わずため息をつく。
「いきなりお花見する、普通…… いったいどういう人なんだろう、あめさんて?」そんなことを考えながら、美香は詩織に電話した。
「え! お花見? あはは、いきなりお花見って、あめさんたらぁ~」
「そうなんです。私、もうなにがなんだか」
「でも、かわいいでしょ、あめさんて」
「はい」
「彼女ね、とってもステキな女性になったり、かわいい少女になったりするみたいよ。付き合う方は大変かもしれないけど、私は大好きなの。私が行きたいくらいよ、そのお花見」
「そうなんだ。ま、うちの部長も相当変わってるから大丈夫かもね。うん、部長に話してみます」
「ハーイ、わかったわ。じゃまた、部長さんによろしくね」
「はい、わかりました」
「なぁ~ 古林、なんでオレの机には、こんなにハンコを押す書類がいっぱいなんだ?」
美香が佐井の机に近づくと、うんざりした顔で佐井が話しだした。
「あのぉ、 部長。お話が……」
「なんだ」
「お花見しましょう、ですって」
「花よりハンコだ。くだらん冗談は後にしてくれ」
めくら判を押す手を止め、佐井は美香を見る。
「今、なんて言った?」
「ですから『佐井さんにお伝えください。ご一緒にお花見しましょう』ですって、あめさんが」
「なんだって?」
「だから~ あめさんは部長とお花見がしたいそうです。もちろん娘の私も一緒ですけどね」
「誰が娘だ。それになんで花見なんだ? オレはお礼をしたいって言ったんだぞ」
「そんなこと私に聞かないでください。私はただ言われたことをお伝えしただけですから。それに私、お花見ってステキだと思いますよ。あめさんがそう言っているんですから、一緒にお花見しましょう。佐井さ~ん」
「誰が『佐井さ~ん』だ! それによく考えてみろ、まだオレはその『あめさん』に会ったこともないんだぞ。それがいきなり花見って、どう考えてもおかしいだろう? そう思わなかったのか?」
「思いましたよ。でも、それがあめさんのリクエストですから。『お礼をする場所が満開の桜の公園なんて、とってもステキ』って、私は思いますよ」
「・・・・・」
佐井は少し考えてから、美香に聞いた。
「古林、ちょっと聞くが、その『あめさん』ってどういう人なんだ?」
「えぇっと…… 和服のステキな女性、そしてとってもかわいい女性」
「花見か……」そう口ごもり答えを出しかねている佐井に、美香が催促するように言う。
「どうします? お花見?」
「ちょっと考えてくる」
佐井はタバコを持って外に出た。
「お花見か…… こんなことは初めてだ、参ったな……」タバコに火をつけながら、佐井はなにやら心がうき立つ感じがしてきた。
「だな、どのみちどこかで会うんだ、場所が公園ではダメだということもないだろう。そう考えると特におかしなことでもないか」
佐井は事務所に戻ると、美香を呼ぶ。
「はい」
「わかった、そのお花見をしよう。あめさんに連絡を入れて日程と場所を調整してくれ」
「金曜日がいいそうです。桜が見頃になりそうなんですって」
「なんだ、もう決まっているのか」
「佐井さん、予定がないといいのですが…… って言ってました」
「わかった。で、場所は?」
「それはこれから」
「西公園か、榴ヶ岡公園かなぁ……」
「聞いてみますね」
「おい、正直に言え。その『あめさん』と直接連絡とっているだろう」
「エヘヘ、バレたか」
「バレたか、じゃない。オレが連絡する番号は?」
「ダメです、これはあめさんと私のシークレットラインですから」
「・・・・・」
「場所と時間は、これから打合せします。佐井さ~んは待っててね」
「だから、その佐井さ~んは止めろ」
「だってあめさんが言ったんですよ『佐井さ~ん』って」
「勝手にしろ」
…続く…
Facebook公開日 4/3 2019
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