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【あめの物語 二人の秘密編 11】



 洗面台の大きな鏡に、全裸ぜんらの二人がうつし出される。その鏡に映った慈雨あめは、ゾクッとするほど魔性ましょうちた色香いろかまとっていた。

「ねぇ~ 今の私、色っぽい?」

「あぁ~ しゃぶりつきたいほどね」

「じゃ…… ここで……」

「鏡が見ているぞ」

「いいの……」

 そう言って慈雨はまた鏡を見た。

 鏡の中では、くるおしいほど甘美かんびな慈雨のひとみが、他人の裸体らたい凝視ぎょうしするように二人を見つめていた。

 非日常ひにちじょうの空間の中で、自分を見つめる自分の視線しせんおかされるように、慈雨は快楽かいらくの底に滑り落ちていく。

底なし沼で苦しみもだえるような息苦いきぐるしい絶頂感ぜっちょうかんが、慈雨の頭を真っ白にした。

「ベットに戻ろう」

「うん……」

 しがみついたまま身動きできない慈雨をかかえて、佐井さいはベッドに戻った。

 ベッドに横たわり、海水にかんでいるクラゲのような心地良ここちよ浮遊感ふゆうかんと、まだ全身に残る絶頂ぜっちょう余韻よいんの中を彷徨さまよう慈雨の耳元で佐井がつぶやく。

「大丈夫か?」

「大丈夫…… と思う……」

 まったく現実感のない海をただよいながら、慈雨が呟く。

「ねぇ……  大好き…… あなたが大好き……」

「あぁ…… オレも…… 愛してる……」

 快楽が支配する深海しんかいの底で、いずる佐井の唇がむずがゆく、慈雨が身もだえする。

 互いを求め合うつながりが、さらなる快楽の底へと二人を追い詰める。

 体が溶けてしまいそうな快感かいかんうずで、佐井の唇は慈雨の唇を求めて彷徨っては重なり、柔らかい舌がからまる。

 前の絶頂感を飛びこえて、新たな絶頂感が慈雨に追い討ちをかける。

 やがて時間という感覚が麻痺まひし、時空じくうを超えた異次元いじげんの渦に飲み込まれていく二人。

 快楽の渦の底に落ちて、それでもいとしくて、慈雨がたまらなく愛しくて、ぼやけた夢の中を漂うような意識の中で、佐井は慈雨の愛を全身で受け止めていた。


 夜明け前のバイパスは、長距離ちょうきょりトラック専用のような道になる。

 大型トラックの轟音ごうおん隙間すきまうように走る車たちとは距離をとり、少し離れた位置で流れに逆らわず佐井は車を走らせる。

 ホテルを出るときに降りだした雨は、すぐにわだち水溜みずたまりに変えた。追い越すトラックが激しい水しぶきをあげていく。

「怖い! あなた怖くないの?」

「ちょっと視界が悪いけど、このスピードなら問題ない」

「あなたのそんな無理しない運転、好き」

「この世で一番大切な女の命を乗せているんだ。安全以上に優先ゆうせんされることなんか、何一なにひとつないさ」

 佐井はフロントガラスにぶつかる雨粒あめつぶを見ながら呟いた。

「雨が強くなってきたな……」

「やっぱり私『雨女』なのね」

「あはは、そうかもしれないな」

「笑う、ひどい人。気にしているのに……」

「悪い、悪い。だけどオレはそんなに雨が嫌いじゃないよ」

「いいわよ気を使わなくて。どうせ『雨女』ですから」

「おいおい、そうねるなって。オレはカラカラに乾いた空気より『少し湿ってる、雨を運んでくる』そんな雨の予感がしそうな風が好きなのさ」

「変な人」

「オレもそう思うよ」

「でも、私もそれは好きかも」

「おまえ言ってたよな、『私は自分と血がつながった人を知らない……』って」

「うん……」

「おまえが置き去りにされた話しを聞いた時、もちろん驚いたし、正直そんなひどいことがこんな身近で起きていたなんて、オレにはかなりの衝撃しょうげきだったんだ」

「うん」

「おまえの生みの親をオレは知らない。だけど、たとえその人がどんな人であっても、オレは今その人にとても感謝している」

「どうして?」

「おまえの命を止めないために、その小さな命を施設しせつまかせてくれた。そのおかげでオレはおまえに出逢えたんだ。奇跡きせきとしかいいようがない程の確率でね」

「・・・・」

「オレは…… おまえに出逢えて、本当に人を愛するということの意味というかとうとさを、この歳になってやっとわかったような気がする」

「ありがとう。私も見たことも会ったこともないみの母だけど、今はとても感謝している。あなたに出逢えたから……」

 雨はドライバーの視界をうばうが、それは同時に車内の二人をおおかくしてくれる。

「ねぇ…… キスして……」

 信号待ちでそういう慈雨に、佐井はゆっくり唇を近づけた。信号が変わっても走り出さないキューブに、後続車がクラクションを鳴らす。

「おっと、信号が変わってるよ」

 佐井はすぐに車をスタートさせた。

 佐井の肩にもたれかかったまま、慈雨は呟いた。

「愛してます、あなたを…… どうしようもないくらい、きっと世界中の誰よりも、あなたのことを愛してます」

「ありがとう。オレもお前を、誰よりも愛している」

 心地ここちよい沈黙ちんもくの時間が、静かに二人の中を流れていた。


     …完…


Facebook公開日 1/22 2019



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