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【あめの物語 出逢い編 9】


 佐井さいはあめの申し出を受け、美香みかを加えた三人でお花見することにした。そのお花見の時間と場所を打合わせるため、美香は再度あめに連絡する。


「え! お花見できるのですね、よかった。美香さん、ありがとうございます」

「いえ、私はただ聞いただけですから、それで場所と時間なんですが」

「美香さんは、どこの桜がお好き?」

「私は榴ヶ岡公園つつじがおかこうえん枝垂しだれざくらが好きです」

「佐井さんはどうでしょう?」

「あの人は、どうでしょう?」

「それじゃ美香さんの好きな『榴ヶ岡公園』で。時間は、夜は花冷えになりそうだから、午後の三時ではどうでしょう」

「わかりました、部長にそう伝えます」

「それから美香さん、ゴマとくるみ、どちらがお好き? みたらしは定番だから必ず持っていきますけど」

「え! ゴマとくるみ? 定番のみたらしって?」

「やだ~ お花見って言ったら『お団子』でしょ。美味しい団子屋さんがあるんだけど、すぐ売り切れるのよね。だから予約しておかないと」

「あ! ですよね。それじゃ私はゴマがいいかなぁ~」

「佐井さんはどうでしょう、お好きかなぁ~ お団子? あぁ~ なんだか私、とってもわくわくしてきました」

「えぇっと佐井さんは…… なんでも食べると思いますよ。一応聞いてみます」

「美香さん、お願いしますね。本当に今日はありがとうございました。とってもわくわくして、いい一日になりました」


「で、お花見にしたんだ」

「そうなのよ。で、ゴマとくるみ、どちらがお好き? ですって」

「何それ?」

「お花見にはお団子だそうです」

「あはは、お団子持ってお花見って、 あめさん、かっわいい」

「ですよね~ もうおっかしくて」

 美香は詩織しおりの店にいた。昼のお花見の一件の結末を報告に来ていた。というのは表向き、実際は佐井とあめの反応が面白く、それをさかなに詩織と笑いこけているのだ。

「佐井さんの困った顔が目に浮かぶわ。これから佐井さん苦労するわよ、きっと」

「ですよね~ でも、そうでもないかも? なんですよ」

「どういうこと?」

美香は佐井との会話を思い出していた。


「部長、決まりました」

「で?」

「はい『榴ヶ岡公園』で午後の三時です。部長大丈夫ですよね?」

「三時か、午後に商談が入っているんだが、一時からだから間に合うだろう。それでいい、連絡を頼む」

「佐井さ~んは、ゴマとくるみ、どちらがお好きでしょ? だそうです。ちなみにみたらしは定番だそうです」

「オレは全部好きだ。そうだな~ 公園の近くだと、やはり『延命餅えんめいもち』かな。あめさんはどこで買う気なんだろう」

「え! 部長、これだけでわかったんですか?」

「団子だろう、花見なら団子は欠かせない。当たり前だ」

「って言うんですよ。私、ビックリして」

「あはは、佐井さんも相当ね。これから面白くなりそう。私、のぞきに行こうかなぁ」

「悪趣味だな~ 詩織さんて。でもその気持ち、とってもわかります。私も誘われてなかったら、絶対覗きに行きます」

「だよね~ テレビドラマなんかより、絶対面白いわ」

「来ます? 覗きに」

「止めとく。後で美香ちゃんに教えてもらった方が面白そう」

「じゃあ、動画付きで報告に来ますね」

 マンションに帰りベッドに横になった美香は、今日あったことを思い出していた。

「二人の距離があっという間にちじんだ、もうすぐ二人は出会う。佐井さんはそこで間違いなく落ちるわ…… でも、本当に『引き寄せあう』ってあるんだな。私は…… 私の相手は誰なんだろう……」

 その時間、佐井は接待を終え馴染なじみの店のカウンターで一人飲んでいた。

「あめ…… か……」

「降りますかね」

 バーテンダーが相づちを入れてくる。

「ん、あ、悪い、悪い。お天気の話じゃないんだ」

「そうですか。今日の佐井さん、なんだか楽しそうですよ。いいことがありましたか?」

「そうか? いつもと同じだと思うが……」

 まだ会ったこともない『あめ』のことを考えるだけで、佐井の口元に笑みがこぼれる。

「ほら、いつもならそんな笑顔は見せないですよ」

「そうか? ならそうなんだろうな……」

「どうしたんですか?」

「よくわからん。ただ、女のことを考えていた」

「ステキな女性なんですね。考えただけで、そんな笑顔になれるんですから」

「ステキか…… 会ったことがないんだ、まだ」

「え! じゃ写真を見て?」

「いや、それもない。だからよくわからんのさ」

「そういえば、写真も見てないんだった。なのにこの感じはなんだろう? ま、悪い気がしないからいいか」

 そんなことを考えながら、ロックの氷が解けるのを楽む。佐井は自分でも気づかないうちに赤い糸を手繰たぐりはじめていた。その糸の反対側がどんな女性につながっているのかも知らずに。


 佐井は頻繁ひんぱんに時計を見ていた。事情を知っている河合かわいは早くこの商談をまとめようとするが、相手はなかなか首を縦に振らない。

「佐井部長さんはこれから次の商談ですか? なんだか心ここに在らずのようですが?」

「あ、いえ、次の商談などはないのです。お気を悪くされましたか? 申し訳ありません」

「そんなことはないのですが、しきりに時間を気にされているようなので」

「部長」

 時間は二時半を過ぎていた。心配そうに河合が佐井を見る。佐井は意を決して言った。

「佐藤課長、申し訳ありませんがこの案件は、社に持ち帰って再度検討させて頂きたいと思います。実は今日とてもお世話になったお方とお花見の約束がありまして…… どうしても三時までに、私は榴ヶ岡公園に行かなければなりません。失礼を承知の上でお願いできませんでしょうか?」

「なんだ、そういうことだったんですか。それならはじめにお話しされたらよかったのに。で、そのお相手の方は女性ですね」

「え、なぜそれを?」

「男が男と花見はしないでしょ」

「いやぁ面目ない、その通りです」

「わかりました。いやぁ~ 部長さんは正直な方ですね。どうぞおいでください。ここからは契約書を書くだけです。私と河合さんで十分でしょう」

「え、それでは?」

「はい、この条件でオーケーとしましょう。さぁ早く行かないと帰られますよ、そのお相手に」

「あ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせて頂きます」

 佐井は深々と頭を下げ、「河合申し訳ない、後は頼んだぞ」そう言って外に出る。

 すぐにタクシーをつかまえて乗り込むと、「榴ヶ岡公園に行ってくれ。申し訳ないが急いで欲しい」そうドライバーに言った。

「気象台側でいいですか、そっちの方が早く着きますが?」

「あぁ、任せる。とにかく急いで欲しい」

 時計はもうすぐ三時になろうとしていた。


 美香はあめとの待ち合わせより三十分も前に公園にいた。昼休みを遅くして、そのまま一人で花見を楽しんでいたのだ。晴天が続いたためだろう、一気に満開になった桜は早くも花びらを散らしはじめていた。

「美香さん、お待たせしました」

「あ、あめさん、こんにちは」

「佐井部長さんは?」

「ごめんなさい、商談がありまして出先からこちらにきます」

     …続く…


 Facebook公開日 4/4 2019



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