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クレマティスのような夜に夢見月のエールを〜ボクたちはきっとしあわせになれる

週末の天気予報ではどのサイトでも積雪情報を伝えていたが、予報どおり降り始めた雪はこの街を平等の世界に変えていく。

ここ恵比寿に越してきて5年、この分なら2度目の雪景色になる予定だ。
仕事帰りに『コーヒーで暖まっていくか』と誘われた店に向かう途中、習い事の帰りだろうか、傘もささずに手をつないだ女の子が母を見上げながら誇らしげに話しかけていた。
「雪ってね、晴れたらまぶしいんだよ」

そこに3年前に見た同じ景色があった。

それは1年間ボクの恋の思い出を作った8つ下の後輩山下舞友の送別会が行われた夢見月の夜。
初めて予約したダイニングレストランに向かう坂路の途中には、舞い降りた雪を受けとめるように開いた傘が、まるで乳白色のクレマティスの様にいくつも咲き始める。

ー・ー

僅かな期間でもボクらは互いを思い合い、愛の詩を口ずさみ、はっきりと見えない可能性の中でなんでも言い合える大切な仲間でもある。

彼女と同期の佐久間たち女子会5人に、勤務場所だったショールームの主任、僕ら営業部のメンバーの総勢12人が集う『旅立ちの宴』として予約した店の個室は、隣同士でしっかり肩を組めるほど小じんまりとしていたが、彼女の新たな旅立ちの祝宴にふさわしく、まるでゲストハウスの様に迎えてくれた。

「なかなかいいお店じゃない?」
どうやらみんなにも気に入ってもらった様子だが、親友の佐久間以外に彼女と僕の事情など知らない連中はそんなことなどお構いなしで、我先にとばかり彼女の思い出に加わろうと話し始める。

「あ〜あ、山下もついにいちぬけか〜〜」
「ほんと、めっちゃ寂しくなるよね」
「オレもスーパーダーリンになりたかったゼ」
「そういうおまえはアバターにでも付き合ってもらえよ」
「ちょっと、あんた達、舞友はバーチャルアイドルじゃないんだからね」
「だってバーチャルならいつでも会えるだろう?」

そんな様子が少し羨ましく思えるのは、まだボクに残っている未練なのかもしれない。

思い思いにメイン料理を取り始めたころ、遅れてきたシステムエンジニアの若い連中も交えてビールグラス片手に寂しさや名残惜しさも取り分けながら、それぞれの共同作業で彼女のこころを温めていく。

次々に運ばれる小皿を回し、空いたグラスの音がまた幹事のボクに集まってくる。
こっちは彼女との最後の日に何がなんでも酔っ払って、何もかも忘れてしまう予定だったのに、負け犬の遠吠えの様に「すいませ〜ん」と呼ぶ店員との会話ばかりだ。

そんなみんなの世話をしながらも予約の時間があっという間に経過していく。ぬるくなった2杯目のビールをようやくぐいっと呑み干して、賑やかな宴に一斉に割り込む。

「みんなーー!ちょっといいですか〜〜!」

主役の横を陣取っていた課長がボクの掛け声に合わせて打ち合わせ通り席をたち、気が利く上司よろしく提案する。
「え〜それじゃ、みんなお世話になった今日の主役、明日から新しい人生に向かって旅立つ山下に、今からひとりひとりエールの言葉を贈ろうじゃないか!みんないいか?」
課長の提案に、全員即座に納得の拍手を贈るのはこの連中のいいところだ。

お開きの時間まで残り30分。ひとり約2分の持ち時間。こういう時は課長の話はいつも以上に長いんだ。
応援歌を唄うカラオケ仲間、手紙を取り出して読み上げる女子会メンバー、謎かけで感謝を伝えるオヤジ先輩。みんなのエールはそれぞれつらくても楽しかった思い出に溢れ、忙しく過ぎていった時間をそれぞれの言葉で名残惜しんでいく。

一番の相棒、佐久間がこれからも続く彼女との深い絆を語り始めると、それまで笑顔で聴き入っていた山下の瞳に涙が溢れ出した。

「もぉ、舞友・・・泣かないでよ・・・」

佐久間の表情もどうしようもないくらいぐちゃぐちゃになっていく。
少数部隊のアシスタントだった彼女たちの支え合う気持ちはどの部門よりも強く結ばれていて、誰一人置いてきぼりにせずに幾つもの苦労も乗り越えてきたのはみんなの絆の証だろう。
二人の溢れた涙を拭い去る様にみんなのあたたかい拍手が一段と大きくなった。

「さぁ、係長っすヨ」
緊張してるボクをちゃかす様に主任の成田が声を出す。
「じゃあ最後、お願いします!」
佐久間の瞳が『任せましたよ』と念を押す。

今日のカバンに大切に入れていたもの確認して、ゆっくり席を立ちあがってみたものの、みんなの素敵な言葉を聞いているとどんな言葉を選んでもふさわしいものが浮かんでくる気がしない。

すると、それまでみんなのエールにひとつひとつに笑顔でありがとうと返していた彼女が、手にしたハンカチを握りしめたままボクの迷いを断ち切る様に立ち上がる。

驚いた様にみんなの視線が彼女に集まった。

これがラストメッセージ、そう感じたんだろうか・・・
さまざまな思いを解き放つ様な真っ直ぐな瞳がボクだけに向けられて、瞬く間に楽しかった日々がよみがえる。

(わかってる、ちょっと待ってくれ・・・)

ふさわしい言葉を探す素振りで上を向き、落ち着かない心を取り繕う。

「・・・」

みんなが見守る静寂のなか、入れ替え組が店の前からコートに付いた雪を払い落としながらドタドタと入ってくる音が聞こえてきた。

「幹事様、お飲み物が最後になりますが」
「あっ、もう・・・大丈夫そうです」

戸惑っていたボクの背中に貼り付ける様な店員のお知らせのその刹那、止まっていた時間が動きだす。

そんな僅かな瞬間に思いを馳せる。
たとえボクに44京のスパコンのような処理能力がなくても、ボクなりの言葉を導き出して贈ってあげたい。
一緒に課題に立ち向かった思い出は?
そんなの、ありきたりだ。
誰にでも優しく気遣う彼女のほんとの強さはどうだろう?
この先不安でいたたまれない時に、ボクらしか伝えることができないふさわしエールは?
ボクの思考回路が1msec単位で駆け巡る。
さあ、もうこれ以上複雑なロジックは無意味だ。

「え〜、本日はお日柄もよく・・・」

今日は雪だぞ、とばかりみんなの失笑が聞こえたけれど、ボクには高精度のファインダーの様に頬を緩めた彼女の姿だけが見えていた。

「これからどんなことを思えば、あなたにいいことが起こるだろう?
今そんなことを考えていました。

仕事でもプライベートでも多くの人は誰かに従って、誰かに取り繕って、いつも自分を守ろうと誰かと競い合い、ときに理不尽なまでに奪い合ったり。その先には不自然で都合のいい関係だけでしかないし、ボクはそういうのは苦手だから、ってそんなもっともらしい理由をつけて見えない可能性からボクはずっと逃げてきました。

ほんとは違う人生が待っているかもしれないのに、友人も恋人も自分から手放してしまい、結局いつも自分ひとりになっていたんです。
それって自分らしいのかもしれないけど、自分に素直になれずにいることにいつも苦しんでいたとき、
『ほんとは自分らしく大切な人と繋がっていたいんだ。でも、いつも信頼の証を見つけられなくて。そんなときどうすればいいんだろう?』ってあなたに自分勝手な思いをぶつけて戸惑わせてしまったことがありました。

あれからずいぶん経って、久しぶり会ったボクに目を輝かせながら話してくれた、あの時の言葉を今思い出しています。

前に言ってたこと、やっとわかったの。
未来の可能性に賭けるとか、これから何ができるとか、そんな強いものじゃなくて。
いつだって一緒に声を聞ける存在でいたい。
それが大切な誰かと私ができる約束かな。
すぐに答えの出せる小さなものもあれば、誰かを守るためなら犠牲になってもする約束もあるけど、自分との約束に自信がなくても、誰かとなら少しづつ前に進めるかもしれないじゃない?
だから、みんなひとりづつひとつ一つ約束が違っていても、少しづつ守っていける様になりたいの。そうすれば誰かに「自分の人生、悪くないな」って思ってもらえるかなって。

あのとき、はっとしました。そしてずっとこころに留めてくれていたことが嬉しかった。
そうか、ボクはいつのまにかいろんな不信感に苛まれ、自分が創った淋しさにいたたまれなくなって、いつの間にか誰かに認めてもらいたかった過去ばかり見てたんだ、そう気づかせてくれたです。

だから、これからあなたにたくさんのいいことが起きる様に、悩みを分かちあえる人に出逢える未来を願っています。
今、目の前にいるのなら、きっとあなたの声を聞いてくれる。
もし、目の前にいないなら、その場所を離れてみてください。
新しい出逢いは自分次第、そんなことわかっていてもその場から離れられないときもあるかもしれない。
そんなときはありのままのあなたでいてください。
ボクたちの周りの人には、自分らしくいられない人がたくさんいます。
そんな人が強がったり、声を荒げたりするんです。
悔しくて挫けそうになって、ひとりになってしまいそうなら、過去でも未来でもないものを探してみて下さい。

あなたと同じ想いの歌がある。
あなたが主人公になれる小説だってある。
それでも寂しさの世界に迷い込んでいたら・・・」

足元のバックから丁寧に取り出したものを手に取って、ゆっくりと確かめる様に言葉を注ぎ足していく。

「ここには一直線のも、間違ったのを直したのも、でっかいのも、ちっちゃいのも、ありのままでスキマを埋める様にいろいろな思いがたくさん詰まっています。
ここまで走り続けたあなたの人生に“はなまる”も咲いてます。
この先、もしあなたが何かを求め、確かめたくなってこの寄せ書きを探す時が来たら、どうか迷うことなくボクらに連絡してください。
白いカンヴァスに変わったこの街に新しい靴を下ろして、またいくつもの足跡を残せる様にこのポンコツな連中が全力であなたを迎えに行きます。

みんなの今までが、一緒に過ごしたあなたのこれからに少しだけでも支えになれるならボクたちは幸せです。

あなたの様にどんなときも一緒に声を聞ける存在でいたいから、積もった不安が晴れ渡り、あなたがまた輝ける様になれるなら、安心できる場所がどこにあろうともみんなの声が集います。
それがボクたちの約束です。
『そんなの嘘』って思ったら、その時は迷わずボクらを試してみてください」

ボクから横に、横から前にと手渡ししながら、もう一度ペンをとって寄せ書きの裏を全員のメールアドレスで埋め尽くした後、彼女の手元に届けられた時には誰かがもう一つ書き添えていた。

\ Welcome our happy time!/

ー・ー

あれから2度目の雪が今夜この街に積もり始めている。
ひととおりメールチェックをしたスマホをカウンターテーブルに置いて、コーヒーで一息入れるこの店の窓向こうには、雪化粧した傘がひとつ、また一つ咲きながら静かに通り過ぎていく。


あの時、瞬く涙の結晶にみんなの想いでひとつづつ明かりを灯し終えた後、メールアドレスだけ書き残していったあなたは、今頃きっと誰かのあかりを見つけてしあわせに輝いていることでしょう。
明日晴れ渡る雪景色のように、いつまでも愛おしく、そして眩しく。



この話はすべてフィクションです❄

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