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4月19日、Homecomings 「New Neighbors」とよしもとバナナ

4月19日、朝6時20分。いつもより早く目が覚めた。
旧友の夢を見たからか、なぜかすごく寝覚めが良かった。 
夢の中で僕らは台所に立っていた。新築同然の暮らしの匂いのしない台所だった。
昔馴染みの4人組、姿はまだ半ズボンで登校してた小学生の頃のようでもあったし、僕がかつて思い描いた理想の成長を果たしているようでもあった。
もう会う機会もない彼らのことを思うと切なくなったが、夢で会えたことを今日は何度も思い出すことになるだろうなと思った。

澄み切った視界をカーテンの外にやると、雨が降っている。朝食を摂り、学ランを羽織り、駅に向かう。右のポケットにはスマホとイヤホン、左のポケットにはマイブームの作家、吉本ばななの「キッチン」を忍ばせた。

学校に行くにはまだ早い。駅にあるバス停のベンチに腰をかけて「今日は何を聞こうか」とApple Musicを開くとなんとHomecomingsの新譜「New Neighbors」がリリースされてるではないか。
昨日trailerを何度も聞いたはずなのにすっかり忘れていた(アルバムの全容を知るのが少し怖くて5曲目くらいまでをリピートしていたことは今思い出した)。

集中して聞きたいとも思ったが、ホムカミの曲はどんな街にも、天気にも、気分にも寄り添ってくれることを少なからず僕は知っていた。
迷わず1曲目「ラプス」をタップする。「Lighthouse Melodies」のようなプレリュードでもなく、「Here」のように一気に景色を変えるわけでもない。ドリームポップ的なリバーブのかかったギター、優しく響くシンセで緩やかに始まりを告げる。ああ、これが今のHomecomingsだ。そう思った。

ひどい雨と雷がバスを待つ人たちを曇らせる。憂鬱そうな顔をしている人を見るのは本当に辛いもので、彼らのその鬱屈や苛立ちの向かう先が見えないから余計に心配になった。でも、その実、負の感情が誰かに向けられいつかは自分に巡ってきて、僕はまたそれを人に押し付けるのではないの不安になった。
でも大丈夫。僕には今ホムカミが居る。ただ一つ心配なのは、このひどい雨、ピンカートンが無事に帰ってこられるか。それだけだった。

ホムカミの新アンセムとも言える「US/アス」とともにバスに乗り込む準備をする。USインディー、スーパーカーの「HIGHVISION」、00年代の日本のロック色んなキーワードが浮かぶような新たな時代の大名曲。「ぼくらはたまたまうつくしい」儚くも勇気のある言葉を大事に抱えて見た乗客の顔はさっきより幾分か色鮮やかだった。

僕の大好きなホムカミの1st「Some how,Somewhere」のような孤独で、それでも微かにきらめいている夜を歌う「ヘルツ」、性的マイノリティーにまつわる悲しいニュースが元に作られた祈りのこもった「光の庭と魚の夢」、風通しの良いギターロックに乗せてさまざまな表情の君を思う「アルペジオ」、「あらゆる色に花束を」と高らかに歌い誰かを思う優しさを肯定する「i care」、エモーションで力強いバンドサウンドが忘れたフリや終わったこととされたあらゆる社会問題への怒りと仄かに明るいはずの未来を予感させる「Shadow Boxer」。
シングルですでに発表されていてこれまでに何度も聞いてきた4曲を聞き終え、最寄りのバス停に到着した。もっと聞いていたかったが、やむおえず重たい足を学校へと向けた。

昼休み、吉本ばななのキッチンに収録されている「ムーンライト・シャドウ」を読んだ。大切な人を失った2人がそれぞれの方法で孤独や喪失と向き合い、少し前進する。ネタバレになるので詳しくは書かないが本当に大好きな話だった。読みおえて涙ぐみながら、今朝聞いたホムカミのことを考えていた。
「ムーンライト・シャドウ」は夜明けの描写が特に印象的だ。主人公のさつきは恋人と死別して以降、眠りから覚めた淋しい夜、喪失感に苛まれることから少しでも逃れようと夜明け前のランニングを始める。そこで描写される夜明けが本当に美しい。その美しさがまたさつきの気を少し紛らわせている。
起こり得ないし、野暮ではあるが僕はさつきが「New  Neighbors」を聞いていればどうなっただろうかと考えた。
ホムカミには1stの頃からずっと夜のイメージがある。夜を温めるわけでもなく、派手に踊り明かすのでなく、孤独は孤独のまま、寂しさは寂しさのままでバンドのダイナミズムさも繊細さも兼ね備えた曲がささやかな祈りを込め、ただただ夜に捧げられている。ひっそりと僕らを迎え入れてくれるポップな曲たちは色んな表情を見せてくれる。曲の中の彼らの本当の気持ちだったり、忘れたくないことを耳打ちするように教えてくれる。
さつきがホムカミを聞いていたら夜が少しは楽になったのだろうか。死別があった事実にも、寂しくてどうにかなってしまいそうだということにもホムカミはきっと寄り添ってくれるだろう。

居眠りしてばかりの授業を終えて、友達と駅まで歩いて帰る。
帰りの電車の中で「New Neighbors」の続きを聞く。そしてキッチンを読み始めた。

そこからの景色は全てに魔法がかかっていた。「まばたき」のドラムが電車のガタゴトとあり得ないほど一体感を生んだこと、キッチンの印象的な夜のシーンが「euphoria/ユーフォリア」と重なったこと、うたた寝して寄りかかってきた隣の人に「elephant」の流れているこのイヤホンをそっと差し出したくなったこと。
電車に揺られる人たち、キッチンの登場人物、そしてホムカミ。1人や大勢、とにかく誰かのことにずっと思いを巡らせていた。
言葉にしたら消えてしまいそうな感動がいくつも押し寄せてきた。

いつもの駅で、いつものように改札を抜けて家路を辿る。
空はまだまだ曇っていたけど、確かに今朝よりは明るかった。




家に帰って、今日は名前も知らない、実態のない誰かのことばかりを思っていることに気づいた。ホムカミ自身がNew Neighborsとなって、寄り添ってくれたからそういう誰かのことを思えた素敵な一日になったのだろう。
素敵な隣人たちに出会えて本当によかった。忘れないようにnoteに書いておこう。





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