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#3 人間の真実を描く、ヴェリズモ・オペラの世界へようこそ【作品解説・室田尚子編①】

オペラを観たことがない方も、何度も観ている方も、これを読めばきっと誰かに自慢したくなる!? 2022年度全国共同制作オペラ『道化師』『田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)』をもっと楽しむための作品解説です。3回目の今回は、音楽評論家の室田尚子さんに解説していただきました。

ヴェリズモ・オペラとは?

 今回上演されるレオンカヴァッロの『道化師』とマスカーニの『田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)』は、共に「ヴェリズモ・オペラ」の代表作として知られています。「ヴェリズモ」とは日本語で「真実主義」「現実主義」と訳され、19世紀末から20世紀初頭のイタリアで起こった文学のムーヴメントに端を発しています。北イタリアの都市圏に比べて南イタリアやシチリア島には貧しい人々が多く、彼らの悲惨な生活をありのままに描くというのが「ヴェリズモ」のテーマで、その代表作がジョヴァンニ・ヴェルガが故郷シチリア島を舞台に、底辺で生きる人たちの姿を描いた1880年の短編集『田舎の生活』でした。『田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)』はこの短編集『田舎の生活』の中の一篇。ヴェルガが計画し、当時の大女優エレオノーラ・ドゥーゼが主演した舞台劇に基づいてオペラ化されました。

 文学上の「ヴェリズモ」はやがて演劇やオペラにも波及。社会の底辺で生きる人たちの苦しい日常生活や、そこで起きた殺人事件などを赤裸々に描く「ヴェリズモ・オペラ」は、この時代のイタリア・オペラの主流となります。

 ところで、ヴェリズモ以前のオペラの中にも、市井の人々を描いた作品や、殺人事件が登場する作品は存在しています。例えば有名なヴェルディの『椿姫』(1853年初演)は娼婦が主人公であり、当時はそれが不道徳だと問題にされました。また、ビゼーの『カルメン』(1875年初演)はタバコ工場の女工で盗賊団の一味である女性が主人公で、恋愛のもつれの果てに殺人事件が起きる、という物語で、やはり当時の聴衆からは不評を買いました。しかも、オペラの長い歴史の中で実際に舞台上で殺人事件を見せる、というのは大変に稀なことであり、そのことも初演の失敗の一因であったともいわれています。しかし、こうした当時としては画期的な作品たちは、ヴェリズモ・オペラの先駆的存在と位置づけることができます。

ソンゾーニョ・コンクールの貢献

 「ヴェリズモ・オペラ」を語る際に忘れてはならないのが、ミラノの楽譜出版社ソンゾーニョ社の存在。ソンゾーニョ社は1804年に文学出版社として設立。1874年、創業者の孫であるエドアルド・ソンゾーニョの時代になって音楽出版部門が作られましたが、その頃のイタリアの楽譜出版は、巨匠ヴェルディの作品を一手に引き受けていたリコルディ社とそのライバルでワーグナーやフランスのグランド・オペラの出版を手がけていたルッカ社が牛耳っていました。こうした中で新興のソンゾーニョ社がとったのが、新しい作曲家の発掘という作戦でした。1883年、ソンゾーニョ社は、イタリア国籍を持つ若い作曲家による1幕もののオペラ作品のコンクールを開催します。マスカーニは第2回のソンゾーニョ・コンクールに『田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)』で応募。1890年5月2日、ローマのコンスタンツィ劇場での初演で圧倒的な高評価で優勝しました。

 このマスカーニの大成功を見てレオンカヴァッロが書いたのが『道化師』です。彼は第3回のコンクールに応募しますが、2幕ものだったために失格。しかしソンゾーニョ社長の目にとまり、1892年5月21日にミラノのテアトロ・ダル・ヴェルメでアルトゥーロ・トスカニーニの指揮によって初演され、大成功を収めました。

文・室田尚子(音楽評論家)

次回は年明けの2023年1 月10 日(火)に更新予定です。


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