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サブカル女と墓参り 

墓石の間をきょろきょろと見回しながら歩く。天気予報よりすこし早く曇天となり、あたりには自分ひとりしかいなかった。  墓石に刻まれた字は読みにくい。早々に文字を追うのはやめた。入口の案内板にあった番号は五の八だったっけ。それとも八の五かな。などと頭の中でぶつぶつと繰り返しながら下を向いて目的の数字を探す。

「ここは太宰治のファンが沢山くるから」

不意に聞こえた声におどろいて顔を上げた。ひとつ隣の通路にいた初老の男性とばちりと目が合う。ああ、失敗したとすぐに目を逸らす羽目になったが、とにかく場所の見当はついた。きっとここ辺りにちゃんとあるんだ。    

太宰の墓は聞いていた通り鴎外のそれと斜向かいに位置していた。 八の五と書かれたエリアに津島家の墓石と太宰治の墓石。太宰の前には花束二本と味の素二本とそれからワンカップの日本酒一本。まだ飲ませるのかと少し笑いつつ、墓前の通路でそのまま手を合わせた。
 どうぞ安らかにお眠りください。あの世でも色んな人に囲まれながら変わらず過ごしているかもしれないなどと思いを巡らした。  
 一段上がって近づくことはできなかった。今の自分では、笑われる気がしたのだ。    

 すぐ後にきた若い女の子に場所を譲る。体を屈めて水差しから水をゆっくりとかける姿を横目に見つつ、その場を去った。    

 山門を抜け、三鷹中央通りの商店街をぶらぶら歩く。『太宰治マップ』と書かれた地図をぼんやりと右手に持ちながら、今度は斜陽の言葉が刻まれた石碑を見つけた。こんなに簡単に太宰の痕跡を辿れてしまう。御坂峠の立派な富士をおあつらえ向きだと言って顔を赤めた彼を、思い出していた。    

 帰りの電車に揺られながら、ツイッターで「太宰治 墓参り」と検索をかけてみた。どうやら、太宰治の墓参りとかしちゃうのがサブカル女あるあるらしい。    

 今度三鷹に行くときは、ちゃんと墓石に水をかけられるだろうか。

※2023/3/13執筆

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