見出し画像

(ほぼ)100年前の世界旅行 ニューヨーク 7/7-21


世界旅行最初の訪問国で最後の目的地ニューヨーク。7月7日、七夕の日に羽織袴姿で到着した真一はここで約2週間を過ごしました。1916−17年の弟・正造夫妻との米国旅行の際以来の再訪です。その時と比較すると、真一の今回の旅行の目的が見えてきます。

ホテル視察

前回はSavoy Hotel(1892−1925)、Biltmore Hotel(1913−1981)に滞在し、Plaza Hotel(1907年ー)を訪ねて見学させてもらい、Astor Hotel(1897−1931)で人と会うなど、ニューヨーク市内の主なホテルのみが日記に登場します。弟正造の妻孝子が一緒だったため、あまり移動をしない計画だったのかもしれませんが、まずは初めてのアメリカで大都会のホテルを見ることが目的だったように思われます。

今回は、前回同様名だたるホテルにも出かけていますが、異母妹宅に滞在し、三井物産勤務のその夫を相棒に、ニューヨーク近郊のホテルを見に出掛けているのが大きな違いです。RyeにあるWestchester Biltmore Country Club、デラウェア川沿いのShawnee Water Gap近くのBuckwood Innのどちらも、広大な自然の中ゴルフ場をはじめとする大規模なレクリエーション施設を備えているのが共通しています。現在のWestchester Country Club、Shawnee Golf Clubで、メジャーのゴルフトーナメントが行われる著名なコースです。

日光の町の中のホテル経営者だった真一がそのような大規模リゾートを見に行く理由になったかもしれないこととして、大正13年(1924)の「東京アングリング・エンド・カントリー・クラブ」(以下アングリングクラブ)設立が思い浮かびます。中禅寺湖とその周辺での釣りをはじめとするアウトドアスポーツを通じて、国内外の貴顕が集う場として実業家ハンス・ハンターの主導で作られたこの国際的社交クラブが帝室林野庁に行った借地の申請には、養鱒場の設立、会員のための宿泊休憩所や家屋の建設と並び「ゴルフ場と、その周囲の娯楽機関を設置する」旨が含まれていました(「日光鱒釣紳士物語」福田和美(山と渓谷社))。真一はニューヨークで三井物産の田島氏から「Mr. Akahoshi」と「Mr. Otani」が日光近くに計画中の新しいカントリークラブのため、今英国に視察に来ていて、11月に米国から帰国予定と聞いた、と日記に書いています。おそらくMr. Otaniはアングリングクラブ会員の大谷光明氏(1885−1961)かと思われます。京都・西本願寺の法主後継者でしたが、英国留学中にゴルフに親しみ、その後法主後継を引退し、日本でトップアマゴルファーとして活躍した同氏は、この年にゴルフコース設計を学ぶために英国に滞在していました。Mr. Akahoshiは同じくアングリングクラブ会員の実業家・赤星鉄馬氏本人か、その子息で、米国留学中にゴルフに親しみその後コース設計者としても活躍した四郎氏、六郎氏のどちらかだったのではないでしょうか。アングリングクラブのこれらの計画に真一が関わった記録はありませんが、自身も釣りを好んだ真一が、クラブ設立に刺激され、アウトドアスポーツを楽しみながら滞在するリゾートスタイルに関心を向けたことは想像できます。後年金谷ホテル下の大谷川での釣りを海外の釣り客向けに宣伝したのも、この視察がヒントだったのかもしれません。

美しいゴルフコースをもち、川に近く、真一に戦場ヶ原を思い出させたBuckwood Innに特に感銘を受けた真一は、日記に次のように書いています。(筆者和訳)

「我々は自然の恩恵に頼りすぎ、人々を惹きつける努力がまだ足りない。この国に来てからずっと、今あるものの上にさらに魅力を付け加えようとしている人々を見て、考えさせられる。」

1925年7月19日 日記より

輸出業者としての顔

1916年の米国旅行の時と同様、森村商会を訪れて売れ筋の漆器について情報交換し、「静岡のような赤や緑の鮮やかなもの」なら有望、と聞かされています。というのも、父・善一郎の頃から、金谷ホテルは日光彫や漆器の製品を土産物として製造・販売・輸出も手がけていたからです。それが今も日光金谷ホテルの坂下にある「日光物産商会」(昭和3年に独立)です。今回はこれに加えてMogi Momonoi & Co.を訪ねています。こちらは明治時代から、日本製陶器や布製品、雑貨の輸入販売のためニューヨークに進出していた横浜出身の茂木氏と桃井氏の会社です。地域の産業振興も真一の大事な仕事でした。

「眠り猫」というか、「寝てる猫」?

金谷ホテル内部にも日光東照宮に雰囲気のよく似た木彫が数多く配されています。ぜひ探してみてください。

いよいよ欧州へ

ニューヨークからロンドンへの旅程は、カナダ太平洋鉄道(Canadian Pacific Railway)のオフィスに出向いて相談です。ニューヨークからカナダ・モントリオールに2泊してからケベックへ、翌朝Empress of France号でロンドン近くのサウサンプトン港に着く旅程は、税込$227.01。Inflation Calculatorで計算すると、現在の$3905、今の為替で54万円越え。うーん。一旦保留にした真一は翌日もっと安い方法を相談しに行きます。その結果、ケベックからの船をリバプール港着のMontcalm号に変更し、171ドル(同上 約41万円)というプランができました。リバプールからロンドンまでは汽車で5時間ですが、60ドル安くなるなら問題ない、と喜んでいます。ちょっとでも安くあげようというその姿勢、親近感が湧きますね。しかし大西洋上の船中で、リバプール到着の日から炭鉱労働者のストがはじまって、鉄道に石炭が供給されなくなるかもというニュースを聞き、ロンドンに行けるかどうか気を揉むことになるのですが、それはあとのお話。

視察の他にも幼い姪のいる妹一家と動物園にいったり、1人で遠足気分でロングアイランドに出かけたり(帰りのタクシーが降車後炎上して警官と一緒に消火活動のおまけつき)、家族的な雰囲気のなかですっかりくつろいで英気を養った真一、7月21日にモントリオールに出発です。8月からはイギリス編、始まります。

追記:
今回大変参考にさせていただいた「日光鱒釣紳士物語」(福田和美(山と渓谷社))は、釣りに興味がない方にもぜひ読んでいただきたい!中禅寺湖を舞台とした明治の外国人たちのドラマ、日本人との友情の物語。胸熱です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?