ペダル

 自転車にかれこれ数年乗っていない。そもそも自転車を漕ぐのが遅い。あとはあの「一漕ぎ目」がどうにも苦手だ。
 小学生のときにマウンテンバイクを買ってもらい、「さあ行くぞ!」と意気込んでいたら、最初で「!?」となった。重すぎて踏み込めなかったのである。ギアチェンジして軽い方にしたら踏み込めるようになった。漕ぎ始めればすいすいなので、それからは重い方へギアチェンジ。
 それでも慣れれば「重い方から始めても行けるのでは?」と淡い期待を抱いていたが、やっぱりだめだった。
 新しく物事を始めるのにも労力が要る。「何でこんな簡単なことができないの?」と言われたくないから何もしない。何も始めないから何もできるようにならない。
 幼少期は呼ばれていない所にも平気な顔してよく行っていた。それが功を奏す場合もあったし、そうじゃないときもあった。そうじゃないときの方は何度か行っているうちに明らかに相手方から嫌な表情をされるようになった。それを繰り返してようやく「ああ、この場には行ってはいけないのだ」と気付く。(人より空気を感じ取るのが遅いのであろう)
 大人になってからの空気の読み方はなお厄介だ。その場に踏み入れて、良い顔をされてもそれは営業顔かもしれないし、あるいは相手にとって「利」になることからかもしれない。
 普通の人からだいぶ遅れて人の顔色、場の空気を感じ取るようになった。しかしながら、気にし過ぎると今度は疑い深くなってしまってきついので、ただただ適当に受け流すようになった。自分自身、周囲問わず人間に一歩踏み込むのは面倒臭い。
#創作大賞2024
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