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新幹線つばさ号オーバーランについて考える

 2024年3月6日朝、JR東北新幹線郡山駅で発生したオーバーラン事故について、報道やネット情報を基に、私なりに事故原因などを考察したいと思います。

東北新幹線「つばさ121号」 郡山駅で約500mオーバーラン…車両点検で運転を見合わせ(日テレNEWS NNN) - Yahoo!ニュース

 Xには当該列車と思われるライブカメラや、乗客による車内からの映像が投稿されておりますので、状況はそちらをソースとして判断いたしました。

【概況】
発生日時 2024年3月6日07:30頃
天候   くもり(気温0℃)
発生場所 JR東北新幹線 郡山駅 下り線
関係列車 つばさ121号(東京6:12→新庄9:55)
     E3系7両編成

郡山駅進入中にブレーキ系の不具合で、停止位置を約500m超えて停止した。

ブレーキは凍ると効きません

【考察】

 まず結論から述べると、これはブレーキ装置の着雪・氷結現象によるものが主たる要因と考えています。着雪はその名の通り雪の付着で、氷結現象とは、車輪踏面やブレーキディスク表面に氷膜が形成され、制輪子やブレーキシュー(自動車のブレーキパッドのこと)を押し当ててもブレーキ効果がほとんで得られなくなる現象です。

氷結条件におけるブレーキディスクの摩擦特性 | 研究開発 | JR 公益財団法人 鉄道総合技術研究所 (rtri.or.jp)

氷結に至るプロセスとブレーキ力の低下

雪の状態

 ヤフー天気によりますと、郡山市の天候は前夜から降雪があり、線路にも15センチほどの積雪があるように見えました。雪質まで映像では判断しにくいところですが、当該列車を撮影したとされる写真によると、雪煙が上がっているようなので、走行風で巻き上がる雪質だったと推察します。

列車の運転経路と天気

 直前の停車駅である宇都宮の天候は夜中にみぞれで朝は曇り、積雪はありません。その後の通過駅、那須塩原と新白河は郡山と同じく、深夜に降雪があり積雪もあったようですが、朝は曇っていたようです。気温は0℃前後だったようです。

列車に起きたのではないかと推測したこと

  • ブレーキへの着雪

 当該列車は宇都宮を発車し、郡山までは約30分ノンストップです。細かい速度制限の変化によるブレーキの動作まではわかりませんが、郡山到着時まで停車制動(駅に停車するためのブレーキのこと)はかけていないことになります。
 車両の摩擦ブレーキ装置ですが、停車時のブレーキ使用による摩擦発熱はあまり多くなく、発車後の走行風で早期に冷却されると考えられます。
 次に積雪状況の変化は那須塩原付近からと考えられますが、高速走行により車両周辺には乱気流が発生し、線路内の積雪を巻き上げます。巻き上げた雪は床下機器や台車に付着していきます。新幹線車両は車輪とブレーキディスクが一体となっていますが、高速回転しているディスク面ではなく、台車に付いているキャリパー側に徐々に着雪し氷塊化していったのではないかと思われます。走行風で台車まわりも冷却されているので、舞い上げた雪は付着しても解けません。

 積雪量は少ないのに?と疑問に感じる方もいるかもしれませんが、雪の巻き上げは積雪「量」ではなく、単純に巻き上がる雪があるかどうかと気温が大きな要素なので、降り始めのように積雪量が少なくても車両への着雪は起こります。今朝の積雪は、直前の深夜に降り、解けるような気温でもないため、巻き上がる条件だったのでしょう。

  • 電車のブレーキのかかりかた

 新幹線を含む現代の電車のほとんどが、自動車のフットブレーキと同じ摩擦ブレーキと、エンジンブレーキに似ている電気ブレーキの2種類を使って減速・停止します。電気ブレーキはモーターを発電機として、その抵抗力をブレーキとして使うものです。ブレーキ時に発電した電力を、車載された抵抗器に流して熱として消費する発電ブレーキと、発生した電力を架線に返して他の車両に使ってもらう回生ブレーキがあり、今回の当該車両E3系電車は、回生ブレーキが備わっています。
 電車のブレーキの特徴は、ほとんどの減速を電気ブレーキで行っていることで、通常時は摩擦ブレーキはさほど使いません。車種や状況によっては摩擦ブレーキ無しで停止することを常用していることもあります。摩擦によらないブレーキなので、雨や雪などの水分や油分の影響を受けにくいのが特徴です。なんらかの原因で電気ブレーキの効果が十分に得られない場合は、直ちに自動で摩擦ブレーキが動作します。

  • なぜブレーキが効かなくなったか

 完全な推測ですが、背後要因にはパンタグラフの離線・架線凍結・架線セクションによるものと考えています。
 郡山停車に向けて200㎞/h超から、ATCまたは手動操作で通常の減速を始めます。これは回生ブレーキが優先されるので、台車着雪の影響はほとんど受けません。初めは安定したブレーキがかかったことと推測します。

 高速で走行する電車のパンタグラフと架線は常に接していることが前提なのですが、振動などで離れること(離線)はよく起こります。発生した電力を架線に返せないと回生ブレーキは効かないので、離線すると直ちに摩擦ブレーキに切り替わることになります。また同じように架線が凍るとパンタグラフと架線の間に氷が挟まるので、離線することになり電気が流れず回生ブレーキは失効します。

 次に架線セクションとは、変電所から流す電気は一定のエリアごとに区切られていて、新幹線のような交流電化の場合は、その区切り(セクション)部分に無電区間(デッドセクション)が挟まっています。この無電区間は電気を返せないので、やはり摩擦ブレーキに切り替わります。なお、郡山駅東京方に変電所があるようですが、因果関係は不明です。

 いずれにしても、回生ブレーキが失効して摩擦ブレーキに切り替わったところで、今回のようにブレーキ装置に着雪あるいは氷結していると、ブレーキ力は満足に得られません。かなり高速の状態から回生ブレーキが使えずに、摩擦ブレーキだけとなったものの、着雪などの影響でブレーキ力が発生できず、今回のような大幅なオーバーランになったものと考えます。
 このとき、よく滑走(ブレーキロック)したといわれますが、私の経験上、氷結現象などの場合は制動力自体が発生していないため、ロックはしていないと考えています。ノーブレーキに近い状態と思ってください。(ほとんどの軸が制動初期にロックしたら話は別ですが、かなり希有な条件だと思います。)
 「ATCがあるんだから自動でブレーキをかけて止めてくれるはず!」との考えをお持ちの方もいるでしょうが、ATCはブレーキをかける「指令」をブレーキ制御装置に出すだけなので、ブレーキ力が低下している場合は、もちろん満足に減速できません。

つばさ号単独運転も遠因

 列車両数の長さと雨や雪の摩擦ブレーキへの影響は半比例します。先述した走行風が大きな要素のひとつなのですが、走行風で雨や雪を吹き飛ばすのは前よりの車両で、後方の車両はきれいになった線路を走るというわけです。編成が短いと多くの車両が条件の悪い状態で走ることになるので、影響が大きくなります。
 また、編成両数が短いと車輪軸数が減ります。そうすると編成全体に対する1軸あたりのブレーキ割合が高くなり、雨や雪などで各車輪軸の制動力が低下したときの影響が大きくなります。

 今回当該の「つばさ121号」はつばさ号単独運転でした。これは7両編成で28軸なので1軸あたりのブレーキ割合は3.6%です。一方、「やまびこ」は10両編成で40軸で1軸あたり2.5%、「やまびこ・つばさ併結」の17両編成は68軸で1軸あたり1.4%です。
 これで仮に先頭3両12軸のブレーキ力が減少(ここではわかりやすくゼロにします)したとすると、確保できるブレーキ力は7両編成で56.8%、10両編成で70%、17両編成で83.2%です。
 「つばさ121号」から6分先行し初列車でもある「やまびこ51号」は10両編成でした。積雪条件は深夜の積雪のままなので「つばさ121号」よりも悪いはずですが、ブレーキの条件は単純比較でかなり良いということになります。

 また、単独運転の「つばさ」は本数は少ないようですから、運転士もこういった悪条件における7両編成でのノウハウは不足しがちであった可能性も少なくないように思います。「つばさ121号」は毎日運転されていますが、担当する運転士は100名以上はいるでしょうから、シフト勤務だと数か月に1回しか乗務しないので、冬の雪の日にこの列車を運転することはかなりレアなケースといえます。

どうやって防ぐ?

 現在の電車の多くは、各社によって名称が異なりますが「耐雪ブレーキ」といって、極めて弱い摩擦ブレーキを作用させて、ブレーキパッドをディスクに押し当てたまま走行して、雪の介在を防ぐ機能が備わっています。スイッチひとつで使えます。今回の「つばさ121号」では、映像から見た車両挙動や状況から推測すると、極端な制動力の低下がみられることから、これを使っていなかったように思います。

 耐雪ブレーキ未使用だったと仮定して話を進めます。
 東京から宇都宮発車まで「だけ」の気象条件や積雪の状況を考えると、耐雪ブレーキを使う必要性は少なく感じますが、宇都宮以北の天候を考慮すると、遅くとも宇都宮発車時には使用するのが妥当であったのではと思います。発車後であっても途中で積雪を見てすぐに耐雪ブレーキを使用すれば…と気の毒に感じます。
 昨シーズンも同様に、雪の日につばさ単独運転の列車で止まれなかった事故があったのに、再発していることが残念です。
 前回の事故の暫定対策では、「やまびこ」用の10両編成を臨時に連結して、17両編成で運転してブレーキ力を確保したとのことですが、これは抜本的な対策とは言えません。前項で、7両編成も遠因と述べましたが、これは列車の条件が悪いだけで、運転士の「早期に耐雪ブレーキを使う」という注意で対策できます。さらにその使用時機の判断を運転士だけに任せず、司令所や乗務職場で使用の指示を出すこともできます。規則も作れます。当事者である運転士への効果的な対策(教育のことです)や、後方支援業務やルールの整備も重要な安全対策です。
 仮定が真だとしたら、前例を活かして万全を期していたとは思えず、残念なことです。

おわりに

 もし、オーバーランした列車が郡山で後続の「はやぶさ」の通過待ちで、しかもその後続も同じブレーキの状況だったら…と考えるとぞっとします。けが人もなく、脱線もせず、オーバーランだけで済んだのは不幸中の幸いでした。

 こういった事故・事象は、社内調査のみで終わってしまい、今回もおそらく運輸安全委員会の調査も無いので報告書などはほとんど表に出ないでしょうが、ニュースリリースなどがあれば注目したいと思います。


考察は全て私見で、公式なものではありません。
あしからずご了承ください。

参考文献
鉄道総合技術研究所 氷結条件におけるブレーキディスクの摩擦特性 

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