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本当は「ドグラ・マグラ」だった平安京

日本三代奇書のひとつ、ドグラマグラ
重要なファクターは「女性の腐乱死体」


世間には「夢ば必ず狂う」と称される小説がある。
小栗虫太郎『黒死館殺人事件』、中井英夫『虚無への供物』そして夢野久作の『ドグラ・マグラ』である。

ドグラ・マグラ…
聞くだに毒々しい語感のこの言葉は、著者・夢野久作の出身地である九州北部の方言で「戸惑面食」「堂々巡り」を意味するという。
この小説はまさに戸惑い面喰いの堂々巡り。

おおまかに語れば、
ブゥゥゥゥウウウゥウウウウン」の擬音で始まり
精神病院に収監されている若き患者が目覚める。
隣室ではお兄様お兄様と喚き叫ぶ若い女の声がする。
そうして色々あって、いろいろあり過ぎて、また
ブゥゥゥゥウウウゥウウウウン」で終わる。

作品世界で重要なカギとなるのが「美女の腐乱死体を描いた絵巻物」だ。
作品ではその有様をこう記す。

そこに横たわっている裸体婦人の寝顔……細い眉……長い睫毛……品のいい白い鼻……小さな朱唇……清らかな腮……それはあの六号室の狂美少女の寝顔に生き写しではないか……黒い、大きな花弁の形に結い上げられた夥しい髪毛が、雲のように濛々と重なり合っている……その鬢の恰好から、生え際のホツレ具合までも、ソックリそのままあの六号室の少女の寝姿を写生したものとしか思われないではないか…………。

 それから順々に白紙の上に現われて来た極彩色の密画を、ただ、真に迫っているという以外に何等の誇張も加えないで説明すると、それは右を頭にして、両手を左右に伏せて並べて、斜めにこっち向きに寝かされた死美人の全長一尺二三寸と思われる裸体像で、周囲が白紙になっているために空間に浮いているように見える。それが間隔三四寸を隔てて次から次へと合わせて六体在るのであるが、皆殆ど同じ姿勢の寝姿で、只違うのは、初めから終りへかけて姿が変って行っている事である。

 すなわち巻頭の第一番に現われて私を驚かした絵は、死んでから間もないらしい雪白せっぱくの肌で、頬や耳には臙脂の色がなまめかしく浮かんでいる。その切れ目の長い眼と、濃い睫毛を伏せて、口紅で青光りする唇を軽く閉じた、温柔おとなしそうなみめかたちを凝視していると、夫のために死んだ神々しい喜びの色が、一パイにかがやき出しているかのように見えて来る。

 然しかるに第二番目の絵になると、皮膚の色がやや赤味がかった紫色に変じて、全体にいくらか腫れぼったく見える上に、眼のふちのまわりに暗い色が泛かみ漂い、唇も稍黒ずんで、全体の感じがどことなく重々しく無気味にかわっている。

 その次の第三番目の像では、もう顔面の中で、額と、耳の背後うしろと、腹部の皮膚の処々が赤く、又は白く爛ただれはじめて、眼はウッスリと輝き開き、白い歯がすこし見え出し、全体がものものしい暗紫色にかわって、腹が太鼓のように膨ふくらんで光っている。

 第四の絵は総身が青黒とも形容すべき深刻な色に沈みかわり、爛れた処は茶褐色、又は卵白色が入り交まじり、乳が辷すべり流れて肋骨が青白く露あらわれ、腹は下側の腰骨の近くから破れ綻ほころびて、臓腑の一部がコバルト色に重なり合って見え、顔は眼球が全部露出している上に、唇が流れて白い歯を噛み出しているために鬼のような表情に見えるばかりでなく、ベトベトに濡れて脱け落ちた髪毛の中からは、美しい櫛や珠玉の類がバラバラと落ち散っている。

 第五になると、今一歩進んで、眼球が潰え縮み、歯の全部が耳のつけ根まで露われて冷笑したような表情をしている。一方に臓腑は腹の皮と一緒に襤褸切ぼろきれを見るように黒ずみ縮んでピシャンコになってしまい、肋骨や、手足の骨が白々と露われて、毛の粘り付いた恥骨のみが高やかに、男女の区別さえ出来なくなっている。

 最終の第六図になると、唯、青茶色の骨格に、黒い肉が海藻のように固まり附いた、難破船みたようなガランドウになって、猿とも人ともつかぬ頭が、全然こっち向きに傾き落ちているのに、歯だけが白く、ガックリと開いたままくっ付いている。


小説・ドグラマグラのコンセプトは「呪われた家系
その起源は中国は唐王朝の玄宗皇帝に仕えた新進気鋭の絵師・呉青秀だ。玄宗皇帝と言えば楊貴妃。名君だった玄宗も美貌の楊貴妃に入れあげ歌舞音曲に溺れ失政はなはだしく余は乱れる。
ここに呉青秀は「美女もいずれ死ぬ。人生は諸行無常」を伝えるためとんでもない行動、本当にとんでもない行動に出る。
自身の愛妻を殺した上、その死体が腐り行くさまを忠実に観察する。その有様を段階ごとに細密に描き、皇帝に献上しようとしたのだ。

(現代から見れば死体損壊に、遺体遺棄
あげく女性蔑視も甚だしいですなぁ)

狂乱の都を離れ山中にアトリエを築き、同意の上で妻の命を取る。そして腐敗し白骨化していく肉体の有様を20数枚の絵に写し取っていく…つもりだった。
だが予想に反して腐り具合が存外に早く、6図あまり描いたところでモデルは完全に白骨化…20数枚の半数も描き得ない。元から半キチ〇イだった呉青秀はここに完全に発狂し、「画策のやり直し、新たなモデル選出」のためアトリエを抜け出て村娘を襲い…
一方の都では胡人の道化者・安禄山が乱の烽火を掲げていたのだがそれはまた別のお話。

小説ではない「女性の腐乱死体絵巻」
平安時代の「九相図」

さて柄の重大なファクターであるところの「女の腐ったやつ」の絵姿。
ドグラマグラな夢野久作の創作でもなく、世界史、東洋史上に実際に存在しているから恐ろしい。その名を「九相図」という。

美女が死ぬ。
美女の死体だから美しい。
だが常温にそのまま放置していれば、次第次第に腐り出す。
眼は飛び出で、腹は膨れ、白の柔肌はどす黒く変貌していく
ハエがたかって蛆がわき、野犬に食い割かれれば腹が破れ、腐れかけの腸が腐敗ガスを纏ってヌルリとあふれ出す…
かくて美女の遺体は腐れ果てて白い骨となって転がる。

その段階を、9段階にわけて入念に(東洋画の技法だからリアルではないが)描く。

1:脹相(ちょうそう) - 死体が腐敗によるガスの発生で内部から膨張する。



2:壊相(えそう) - 死体の腐乱が進み皮膚が破れ壊れはじめる。

3:血塗相(けちずそう) - 死体の腐敗による損壊がさらに進み、溶解した脂肪・血液・体液が体外に滲みだす。

4:膿爛相(のうらんそう) - 死体自体が腐敗により溶解する。
5:青瘀相(しょうおそう) - 死体が青黒くなる。
6:噉相(たんそう) - 死体に虫がわき、鳥獣に食い荒らされる。



7:散相(さんそう) - 以上の結果、死体の部位が散乱する。
8:骨相(こつそう) - 血肉や皮脂がなくなり骨だけになる。
9:焼相(しょうそう) - 骨が焼かれ灰だけになる。

美女もイケメンも、おっさんもブスも、死ねばみんな腐って骨になる。
美女でも一皮むけばこんなものだよ。
だから女のことなんか忘れて修行に励みなさい。

そんな意図を込めて描かれたのが九相図だ。

平安時代初期より鎌倉時代、本邦においても描かれいくつかが現存している。

さて、ここで問題。
女性が死んで腐っていくありさまを時系列を追って描いた絵巻物。
人が死んで腐っていく、おぞましい現実。

 
なぜ、そんなものを描くことができたのだろうか。
死体が腐る現場なんか、現在では事件に遭遇した第一発見者に刑事、あるいは法医学者くらいしか拝めないではないか。

だが平安時代は「簡単」だった。

平安京のそこかしこにモデルがいた」からである…


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