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Sへの手紙(13)

~子供達の夢のために~

《六回裏》

子供達がおじさんの行方を心配している頃、
その男は北海道にいた。
お世話になった人のお墓参りに
来ているのだった。
毎年必ず訪れて一年間の報告や
久しぶりの会話を楽しんでいる。

「よぉ、お前も来てたのかい?」

「あっ、センパイ!
 来てたんですか?」

男にとって彼も又大切な人の一人だった。
男よりもさらに身長のある体格を
これ以上に無いほど折り曲げ
祈っている姿が何故か可笑しかった。

「何か一人でグラウンドを
 作ってるんだって?」

先輩の男が聞いた。

「よくご存知ですね?どこでそれを?」

俺がグラウンドを作っている事を
先輩が知っている事に驚いてしまった。

「随分と昔に、ある人からちょっと。
 一度見に行っていいかい?」

話はバタバタと決まり背の高い先輩が
S−グラウンドに来る事になった。

☓☓月☓☓日
駅前でタクシーに乗り込み
運転手に行き先を告げる。

「落合地区の
 " S-グラウンド "と言えば
 分かると聞いたんだが」

「はい、大丈夫ですよ」

「お客さん、あの〜ほら
 昔いた野球選手に
 似てるって云われた事
 ないかい?」

「ハハッ、よく言われるんですよ。
 それより長閑ないい所ですね?」

「いや〜そうでもないですよ、お客さん。
 最近は何とか計画ってんですかね、
 そのせいで、自然がなくなって
 いるんですわ」

あの日、アイツと話した際に
ちらりと見せた憂いの表情。
原因はこの事かも知れないな、
と流れる車窓を見ながら思った。

グラウンドに着きタクシーを降りて
見た光景に少し笑みが浮かぶ。
グラウンドでは子供達が
楽しそうに野球をしている。

後ろから黒いバットを杖代わりにしながら
男が声をかける。

「まだまだ手を加えなきゃ
 いけないですが、いいでしょう?」

「悪くないよな!」

少年がグラウンドの隅に居る二人を見つけ、
笑顔で駆け寄って来た。

「おじさんも野球好きなの?」

「なぜ分かるんだい?」

「だってその握り方!
 スプリットって言うんでしょ?」

何故か人差し指と中指の間にボールが
挟まれているのを少年が見つけつっこむ。
現役時代からの癖だった事に
顔を見合わせ微笑んだ。

自宅に戻り、リビングに通された先輩は
懐かしい匂いに気がついた。
グラブにつけるオイルだとわかるまでに
そんなには時間がかからなかった。
そして黒色のaマークのバットが一本……

「やはりアレだけは捨てられないよな」

「えぇ、まぁ」

二人がお茶を飲みながら
この何十年の時間を縮めるかのように
話を始めた時……

" ピンポ〜ン "

突然のチャイムに不意を
つかれた二人であった。

「誰かな?」

少しだけ険しい表情を見せつつ
玄関へ向かう。
先輩は、お茶を飲みながら
改めてリビングを見渡してみると、
先程の黒いバットに目がいってしまう。

「あれっきりなぁ…」

男が現役時代に使用していたa社の用具。
彼の引退と同時に
野球用品から撤退をしていた。
理由は定かではない。
ただ彼の引き際がa社の
サポートの終焉と決めていたのでは
ないかと思っていた。

玄関先で何やら揉めているような声がする。

「また、アンタ達か!
 何度来られても
 無理なものは無理じゃ!」

現役時代から声を荒らげる
事の無かったのだが、
多少の怒気を含んでいたのだろう、
心配になり玄関まで出て行ってみた。

玄関口のドアには柳田と工藤が並んでいた。

「いえ、今日はその話でお伺いした
 訳ではないんです」

二人の後ろには藤田村長の姿が見える。

「ここは一つ、ワシに任せてくれんかの?」

藤田村長は柳田と工藤に話した。

「ショウさん、実はアンタに 話があってな!
 この二人だけだと門前払いを食う事は
 わかってたのでワシも来たんじゃ!」

年は取ったとはいえ、大柄な男の肩越しに
懐かしい顔を友は見つけた。

「あれ?もしかして柳田君じゃないか?」

「えっ?どうして友さんがここに?」

「北海道に用があってな、
 そこで偶々会ったんだ」

幼い頃、柳田も野球少年であった。
野球教室で指導を受けてからは
手紙等でやり取りがあり、
全くの知らない仲では無かった。

「何だ、友さんのお知り合いの方でしたか。
 玄関先では何なので、上がって下さい」

" 今日は騒がしい一日になるって朝の占いが
言ってたけど当たったな "
男は一人苦笑いを浮かべながら、
飲み物の用意をしていた。

リビングに通された柳田達三人は
異次元の空間にでも居る様な不思議で
何とも言えない空気に包まれた気がした。
しかしその空気は心地よい香りを
伴っていた。
柳田も、そして工藤も少年時代
野球をやっていた為、
ずっと傍にいてくれたグラブオイルの匂い。
この匂いは忘れていない。

「柳田君、さっき彼が
 " 無理 "とか言ってたのは何なの?」

「えぇ、実は……」

柳田は自分達の仕事としてこの落合地区に
リゾート開発計画がある事、
その為の土地買収だと話し始める。
ところが、仕事を進める内に会社が不穏な
動きをしているという話が出てきた。
個々で調べていると、IR計画は表向きで、
実は産業廃棄物処理施設の建設と
いうのが分かった事。
藤田村長に全て話した事。
今分かっている事を柳田は友には話した。
そしてなぜ会社の意向とは違う行動を
取っているのかも柳田は吐露した。
落合地区の人々を騙す形になっている事。

何より柳田や工藤自身が
そうだったように、
野球をやれる場所が無くなる事で、
子供達から楽しみを奪ってしまうのが
嫌で堪らなかった事。
その為に会社には
反旗を翻す事になるだろうとも…

「そうか、その事を彼は
 知ってるのかい?」

「いや、まだです。
 それを今日話そうと思い
 やってきたんです」

今日も" S-グラウンド "では
少年達の元気な声が響く。
あの少年を除いては……


※この物語はフィクションですが、登場する
人物、団体など一部オマージュのため
使用させて頂いています。


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