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連載小説 韓信 第二部 まとめ 『背水之陣』

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連載小説 韓信の第二部を話数順にまとめてみました
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記事一覧

【連載小説】韓信 第13話:京・索の会戦

第二部#創作大賞2023 #オールカテゴリ部門 京・索の会戦  韓信と鍾離眛は幼少時からの付き合いであり、お互いにその存在を意識し合う間柄であった。しかしより強くそれを意識していたのは、鍾離眛の側であろう。鍾離眛は何ごとにも自分より優れた才能を発揮する韓信を超克したいと望んでいた。一方の韓信は、鍾離眛と戦うことを望んでいなかった。鍾離眛は二人が好敵手のように競い合うことを欲していたのに対し、韓信はできるだけその機会を避けようとした。なぜなら二人が互いに戦うことで訪れる結末

【連載小説】韓信 第14話:西魏王の娘

第2部#創作大賞2023 #オールカテゴリ部門 西魏王の娘  戦国時代では、林立する国同士が互いに安全保障を結ぶ必要上、人質のやり取りが多くなされた。人質というと「国のための捨て駒」という印象を持たれやすいが、実際はそうではない。人質はその性質上、殺されても惜しくないような身分の軽い者を送るわけにはいかず、送る側にとっての重要人物にしか、その価値を認められない。このため人質の多くは、世継ぎの男子であった。一方女子は、他国と姻戚関係を結ぶ際に利用されることが多い。つまり、嫁

【連載小説】韓信 第15話:愛・反間・苦肉

第2部#創作大賞2023 #オールカテゴリ部門 愛・反間・苦肉  当時の韓信は未だ人の愛を知らぬ若者であり、本人も意識していないところでそれを欲していた。が、これはひとりの人間として大きな弱点であった。魏蘭は、韓信のその弱点を上手く突いて自身の立場を強化することに成功する。二人の関係は、そのような魏蘭の打算によって導かれたものであった。しかし、人の心は常に変化するものである。当初は打算に過ぎぬものがいつしか真の愛に変わっていったとしても不思議ではなかろう。まして人間の愛情

【連載小説】韓信 第16話:背水の陣

第2部#創作大賞2023 #オールカテゴリ部門 背水の陣  趙の井陘(せいけい)で戦端を開いた韓信であったが、彼の率いる軍は敵に比すと兵数において数段劣っていた。その状況を打開しようとした彼がそのときとった行動は、敵軍のみならず味方をも驚愕させるものであった。それが、韓信の名を現代まで知らしめることとなった背水の陣である。しかし私は、あえてそれについて教訓めいた言及を残すことは避けようと思う。彼のとった作戦はあまりにも突飛で、余人には真似をすることも不可能であるからだ。

【連載小説】韓信 第17話:邯鄲に舞う雪

第2部#創作大賞2023 #オールカテゴリ部門 邯鄲に舞う雪  人の世は、清濁入り交じって流れる川のようであり、混沌としている。清流が清流のままでいることは難しく、その多くは周囲の濁流の影響を受け、自らも濁流と化すものだ。  また、汚らしい泥のなかに埋もれる宝石が、その輝きを主張することは難しい。泥の中ではせっかくの宝石もただの石ころと見分けがつかないものである。  鬱蒼とした林の中で、わずかな日光を得て可憐に咲く花を見つけることは困難である。林の中は雑草ばかりで、深

【連載小説】韓信 第18話:滎陽脱出

第2部#創作大賞2023 #オールカテゴリ部門 滎陽脱出  激しい戦争というものは、概して人を酔わせる。しかし酔い方は人によって様々なものであり、決して社会学的に論ずることのできるものではない。大きな戦果を挙げた者が、突如それをきっかけに居丈高な振る舞いをするようになる例があると思えば、苦境の中で自分の命をまるで石ころのように投げ出すことで活路を見出す例も見受けられる。韓信が趙に出征している間、劉邦の率いる漢の本隊はまさに苦境にあったが、それを救ったのは二人の死士であった

【連載小説】韓信 第19話:武将と弁士

第2部#創作大賞2023 #オールカテゴリ部門 武将と弁士  紀元前のこの時代に世界を動かす者は、主に武人であった。しかし当然のことながら、文人がまったく力を持たなかったわけではなく、幾人もの人物が弁士として歴史に名を残している。武ではなく学問で世界を動かそうとしていた彼らは、各地に赴いてその自慢の弁舌を駆使し、権力者の心を揺り動かそうとした。しかし残念なことに当時の学問は未成熟の段階にあり、弁舌家たちはその未成熟な学問を論拠として相手を説得せねばならなかった。したがって

【連載小説】韓信 第20話:濰水の氾濫

第2部#創作大賞2023 #オールカテゴリ部門 濰水の氾濫  韓信の戦い方は、常に相手の裏をかく。武を競い合おうとする相手に肩すかしを食らわすような戦法は、当時でも賛否が分かれたものであった。しかしこのことを批判する者は物事の本質を見る目を失っていると言うべきである。現代においても「戦争とは正当に認められた政治的手段のひとつである」と憚りなく言う者が存在するが、たとえそうであったとしても戦うこと自体が最終目的であるはずもない。戦争とは、次の世を生み出すための過程に過ぎない

【連載小説】韓信 第21話:我は仮王に非ず

第2部#創作大賞2023 #オールカテゴリ部門 我は仮王に非ず  この大陸の権力者の間には……大は皇帝や王、小は邑の父老に至るまで……、自分の発言に責任を持たないという、奇妙な、それでいて当時の人々にとっては常識的な政治手法が存在した。やや皮肉に近い表現ではあるが、これは彼らが置かれた状況に柔軟に対応し、その都度自分の意見を変えた、ということである。時には自分より上の権力者の側に寄り添い、またある時には民衆の側に立った行動を示した彼らの政治は、まるで綱渡りのようでもある。