「冒涜のピエタ」第3話

その女神は比較的小さく、元の全長は精々3m程だろう。
今は手足をもがれ、全ての椎骨を杭で固定され、身動きを完全に封じられていた。包帯でぐるぐる巻きにしているのは、視界を奪うためだ。
シャルロット・フォールは淡々と話した。
「この子はD級。流石にC級以上は捕まえるどころじゃなくってね。ここまで大人しくさせるのにも、かなり手こずったのよ」
ピエタは素直な感想を口にした。
「凄いね。州警でも生け捕りなんてしない。あまりにリスクが大き過ぎる。いつからこの状態なの?」
「もう半年になるかしら?」
「もしかしてこの上に住んでるの?」
「もちろん。家だもの」
「正気じゃないね」
「有史以来、正気が特効薬になった試しがあるのかしら」
「褒め言葉だよ。本心の」
「ふふっ。そこまでまっすぐ言われると照れちゃうわ」
シャルは女神の背後に回り、顔をちらっと覗かせて言った。
「目的はインターンじゃなくて、私の研究成果かしら?」
「うん」
「それとも我がシャルロット教に入信する?」
「しない」
「今入信すると未発表の論文も付いて来るわよ」
「入信する」
「お嬢様ぁ!?」
「あなたもどう?私を幸せにしない?」
「ちょっとは欲を包み隠せよ!」
「彼も入信する」
「お嬢様ぁ!?勝手に決めないで下さいますぅ!?」
「2名様ごあんなーい♪」
「ほらぁ勝手に話進んじゃったぁ!」
シャルはウィンクして天井を指した。
「じゃ、こんなジメっとした所じゃなくって、上で話しましょうか」

礼拝堂は礼拝堂としての原型を保っていなかった。
一言で表すなら、そう、リビング。生活感溢れる一家のリビングだった。
祭壇には数台のモニターとパソコン、無線機やオーディオスピーカーなどの機械類。礼拝椅子は全て撤去され、代わりにふかふかのソファが置かれたり、畳を敷いた小上がりが設けられたりしている。ステンドグラスにはグラビアアイドルのポスターや書道の掛け軸。首の無い石像が支える物干し竿には洗濯物が干してある。
(冒涜的だ……)
シャルは満面の笑みでピエタの肩を掴む。
「みんなー!新しい信者よ!しかも2人!大収穫だわ!」
「お嬢様収穫とか言われてますよ」
「まぁお互い様だし」
堂内にはシャルの信徒?がいた。
先程もいた迷彩柄のジャケットを着た中年の男。右手首から先が義手だ。ソファで寛ぎ喫煙しつつ、ピエタに奇異の目を向けている。
祭壇にいるピエタより年下の女の子。椅子に膝を抱えて座りキーボードを叩いている。ピエタには関心が無いようだ。
小上がりで書道に勤しんでいる和装の女。面頬に酷似した義顎型の人形機構を装着している。ピエタに会釈し、作業に戻る。
あと気の所為だと良いのだが、天井に半裸の男が張り付いている。全身がトライバルでほぼ真っ黒。ブリッジの姿勢で蜘蛛のように天井を這い、ピエタをじっと凝視してくる。
シャルが順に紹介してくれた。
「彼はジェイス、元州兵で戦闘係。信徒1号よ」
「誰が信徒だ」
「あっちの子はルゥ、通信係。信徒6号。あっちは鯱歌しゃちか、戦闘係。信徒4号」
天井の男を指す。
「で、あれがエンジェル」
「エンジェル!?」
(エンジェル……)
「うちの警備担当。信徒3号よ。あと信徒5号と7号は今出払ってるわ」
「お嬢様、やっぱり帰りません?」
「我慢して」
「空いてる所に座って。お茶を淹れるわ」
ルゥが椅子を回して振り返った。
「シャルちゃん」
「なあに?」
「市警から応援要請……C級女神」
「あら、バッドタイミングね」
シャルは顎に手を当てて思案する。
「でも良い機会かも。論文を読むより実演して見せた方が理解も早いわ。一応、インターンって体だし」
ピエタは頷く。
「同感。それはそれとして論文は見せて貰うけど」
「ふふ、帰ったらね。じゃあ車を出して頂いてもいいかしら」
「いいよ。ってクィアさんが」
「言ってません。……出せばいいんでしょ出せば」
ジェイスが灰皿で煙草を潰しながら言う。
「俺も行くか?」
「うーん。いえ、ここは鯱歌に頼もうかしら」
「ちぇっ」
ジェイスが不貞腐れたようにソファに寝そべる。シャルはくすくすしてピエタに言った。
「彼、アドレナリン中毒なの。人間相手じゃ満足できなくってね。でも今日はお留守番」
鯱歌が助手席に、ピエタとシャルは後部座席に乗り込む。市警と無線でやり取りしながら出発した。
クィアが感心する。
「随分と市警の信頼が厚いんですね?」
「こういう田舎は州警の到着まで時間がかかるの。だから藁にも縋るって感じ。逆に都会は民間の女神狩りが少ないわ。州警が人口の多い地域を優先するのは当然のことね」
シャルが隣にピエタを見る。
「着くまでの間、ちょっとお話ししましょうか。一つ訊きたいんだけど、よく私が女神を捕まえていることがわかったわね?」
「あなたの論文は根拠が不明なものばかりで妄想に片足を突っ込んでる。初めは私も読み飛ばしたくらい。けど、ある前提を基に読み返すと不思議と説得力が生まれる。これは女神に直接聞いた、あるいは女神の実物で試したものなんじゃないか……って」
「ふふ。電話がかかって来た時はびっくりしたわ。それもまさかあのルトゥム博士の娘さんだなんて」
「血は繋がってないけど」
「あら、そうなの」
「あの女神のことを隠しているのは、州警が許さないから?」
「そうね。知られたらすぐに抹殺しに来るでしょう。彼らは女神の天敵であるが故に、誰よりも女神を恐れているから」
「どうして私には見せてくれたの?」
「私は主神兼聖母兼教祖兼シスターよ。顔を見ればわかるの」
「何が?」
「求道者の目をしている。女神の正体が知りたいんでしょう?」
「……知っているの?」
「今はまだ。そこは相手も女神と呼ばれるだけあって手強いわ」
現場は町のはずれにある屠畜場だった。パトカーに囲まれた工場内から銃声と悲鳴が聞こえてくる。
「こっちだ!担架を持って来い!」
血まみれの警官が、手足を切断された仲間を引きずって工場から出てくる。周囲では大勢の重傷者が応急処置を受けていた。
現場指揮官がシャルの元へ駆け寄る。
「シスター、来てくれたか。状況だが――」
「結構よ、見ての通りね」
「そっちの子は?」
「インターンよ。私が付いてるから安心して。中の警官を退却させて頂戴」
シャルは義手の掌に、鯱歌は喉にゼンマイネジを差して回した。
義手が変形し、肘から巨大な斧が突き出す。
鯱歌の義顎からは鋭い牙が生え揃った。

腕型人形機構アーム・ピューパシステマ見返り戦斧ドーサムセキュリス
顎型人形機構マキシラ・ピューパシステマ噛殺武者其の弐アルミスモルデア

「クィアさんは車で待ってて」
「逃げちゃ駄目ですか」
「だーめ」
ピエタは立ち上がり、義足を『六連疾駆脚砲ロウカスタⅥ』に変形させた。
シャルと鯱歌はきょとんとしてピエタを見た。ピエタは首を傾げる。
「なに?」
「……いえ、何も。行きましょうか」
工場内は惨状だった。
屠殺した動物の枝肉に混じり、人間が吊るされているのをシャルが見つける。
「悪趣味ね。女神の仕業かしら」
床に散らばる人の四肢や臓物を跨いで進む。
シャルが語り出した。
「原理が不明のまま何となくで使われているテクノロジーは少なくない。人形機構はその一つ。どうして人形機構だけが、女神にダメージを与えることができるのか。開発者のルトゥム博士でさえもわからない」
切断された手と一緒に落ちていた警察のショットガンを、シャルが拾う。
「女神の硬さは人の歯に近く、部位によっては絹のように柔らかい。にも拘わらず銃が通用しない。超常の一言で片付けるのは、ロマン溢れるけれどナンセンスだわ」
ピエタが言った。
「その疑問に対するあなたの仮説が、“停止物の硬化現象”?」
「ええ。停止時間内で動く者にとって、停止物は変形不可の非常に硬い物質となる。動くということは原子歯車が回るということだもの。だから女神は停止時間内で攻撃せず、あくまで移動手段として用いる」
「それを応用して被弾箇所のみを停止し、一瞬だけ肌を無敵の鎧と化している……てこと?」
「その通り!人形機構は触れた物の時間停止を強制解除する。だから女神の装甲を破ることができるの」
「実験と観察の結果?」
「インタビューもしたわ」
「あの女神に?」
「支離滅裂なようでいて、彼らも実は言葉を選んでいるのよ。主張も一貫している。こっちで解釈して上げれば、コミュニケーションは不可能ではないわ。とても骨の折れる作業だけど」
シャルが二人を手で制す。
「この先にいるわね」
鯱歌が扉を挟んで向かいの壁に立ち、手鏡を取り出す。シャルがそっと扉を開け、鏡に反射する女神の姿を認めた。
血の海を歩く巨躯。全長は4m程度。
その女神は、首から下が蟷螂だった。
細い胸部に後退した腹部、4本の後脚。
通常の蟷螂と違うのは、前脚にあたる鎌が全部で4対もあることだ。
『屠殺、屠畜』
鎌を器用に使い、人の死体から服と皮を剥いで臓物を抜き、フックに括る。
『お似合い。お似合い。罪人にはお似合いだ』
女神は次々と死体を刻んでいく。
シャルが小声で尋ねた。
「ピエタさんの火力は?」
「一撃なら炸裂弾」
「充分ね。私と鯱歌が引きつけるから、隙を見て撃ち込んで」
「わかった」
「ただの獲物として見ては駄目よ。よく観察し耳を傾けること。私が合図をしたら……」
「?」
シャルは目を合わせずに尋ねた。
「ねえ、ピエタさん。どうして人形機構を付けているのに歩かないの?」
「……今じゃないと駄目?」
「ええ。信徒ならお答えなさい」
「……」
ピエタは膝の撃鉄に手を触れた。
「これは、殺すためのもの。歩くための足じゃない。私は……“歩く”ことを踏み躙りたくない」
「……。ピエタさんのこと、ちょっとわかった気がする」
背を向けていた女神が突然、頭を仰け反らせてこちらを見た。
『いらっしゃあい♪』
時が停まり、女神が扉へ迫る。
時が動き出すや、女神は壁を切り裂いてピエタたちに襲いかかった。

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