「リアル・セカンズ」第3話

錦広次は、上司の天堂仁に語りかける。
「俺を殺して下さい」
「落ち着け、錦」
「主任にしか頼めない」
「……できない」
「主任ならできます。早く俺を殺さないと、大変なことに」
「……クソッ」
逡巡の末、仁は拳銃を撃った。
広次は恐ろしく俊敏な動きで銃弾を躱した。いや、射線を読んで撃つ前に躱したのだ。仁が教えたテクニックだった。
仁の手首を捻じ折り、拳銃を奪う。広次は仁に拳銃を向けた。
「主任、逃げて!」
「待っ――」
広次は弾が尽きるまで仁を撃った。


「またねナギちゃん!」
「うん、またね。幼稚園のお人形劇、頑張ってね~」
「あざしたー」
客が去ると、凪凪なぎな秋人あきとを窘めた。
「南見さん、もっと笑顔で。子供が怖がっちゃいます」
「そーすか。さーせん」
「あと言葉遣い」
「さーせん」
「も~」
秋人は、ふと我に返る。
「え?何で俺ここの店員になってるの?」
「まだ試用期間ですよ?」
「そうじゃなくて。俺、猫尾サンの手伝いしたいって言ったよな?」
「丹波さんが腰悪くしちゃって。ちょうど南見さんが来てくれて助かりました」
「俺が言ったのは店のことじゃねーんだわ!」
「まあまあ、落ち着いて下さい。私だって、いつでも荒事を引き受けてるわけじゃないんです。普段はこうして普通に働いてるんですから」
「……じゃあ俺がここで働く意味は?」
「助かってます♡」
「あ~もう!」
「あ、あそこの猫ちゃん落ちそうになってる。南見さん手ぇ届きます?」
「しょうがねぇな」
「助かりますー♡」
棚を整理しながら、秋人は尋ねた。
「猫尾サンってさー」
「凪凪でいいですよ」
「じゃあ俺も秋人でいいよ」
「それはちょっと笑」
「なんでだよ!」
「ふふっ。で、何です?」
「トレーニングとかしねぇの?」
「しますよ」
「え!どんな?ミット打ち?あのやべぇエルボー俺にも教えてくんね?」
「ちょうどそろそろ……」
「え?」
店の奥から、店主の丹波の呼ぶ声がする。
「ほら、行きますよ」
「え?」
丹波は机に型紙を広げた。
「じゃあ今日はサメさんを造ってみようか」
「わぁーい」
「……え?」
「秋人君は初めてだね。僕の裁縫道具貸すよ」
「は?」
「誰でも最初は初心者です、頑張りましょう南見さん!」
「待て待て待って、何これ?」
「トレーニングです」
「どこがだよ!誰がぬいぐるみ造りのトレーニングしたいって言った!?」
「わー大きな声」
「良い声だね」
「俺が言ってんのはセカンズのトレーニングだよ!どうやったら強くなれんのか訊いてんの!」
「だーからセカンズは強いとか弱いとかそういうんじゃないんですってー」
「ハッ、そうか。もしかしてぬいぐるみ造りに秘密が?雑巾がけがトレーニングになってたとか、映画で観たことあるぞ!」
「あ、全然そういうんじゃありません」
「そういうんじゃねぇのかよ!」
(面白い)
(元気だなぁ)
その後も、黙々と作業する凪凪を秋人は頬杖ついて眺めていた。
「ジョギングとかしないん?」
「たまーにですかね」
「筋トレとか」
「最低限ですかね」
「腹筋とか割れてなさそーだもんな」
「いくら硬く鍛えても刃物や銃は防げませんからねー」
(思考がヤベぇ)
「暇ならチャコペン削ってもらえます?」
「なぁ、なんで教えてくんねぇの?秘伝?」
「うーん……私の場合、体より心を鍛える方が大事で」
「メンタルトレーニング?」
「似て非なると言いますか」
時刻は16時を回る。
「凪凪さん、今日は約束があるんじゃなかった?」
「おっとそうでした。ちょっと行って来ますね」
「え、何?どこ行くん?」
「ちょっと人に会いに」
「ふーん。鰐崎わにざきさんて人?」
「えっ?よくわかりましたね。てかなんで名前知って……」
「この前電話で話してただろ。また今度って」
「よく聞いてますね」
「セカンズ関連?」
「ええ、まぁ」
「じゃあ俺も行く」
「え~」
「俺も世話んなったっぽいし。礼したい」
「そういうことなら……わかりました」
「お店は大丈夫だから行っておいで」
「あざす」
「いいですか南見さん、付いて来るだけですよ?」
「ああ、弟子兼助手として挨拶するだけだ」
「弟子じゃないし助手でもないし、ただの研修生です」
「二人とも気をつけてねー」


カフェに入り、秋人は店内を見回した。
「あいつ?」
隅の席にいる男を指す。
「えっ、なんでわかったんです?」
「いやなんか、凪凪とか蛇々島と似た空気を感じるっつーか」
「空気?」
「こう、冷たい感じの。あ、別に凪凪が冷たいってわけじゃないぞ?」
「気配、わかるんですか?」
「気配なのかなぁ。なんとなくだけど」
凪凪は目を丸くした。
(共感覚?それにしても、セカンズは臨戦時も気配を出すことなんて無いのに……凄い勘の良さ。ていうか私の気配も普段から感じてるってこと?)
「凪凪?」
「とりあえず行きましょうか」
「おう」
鰐崎は40歳前後で、スーツ姿にサングラスをしていた。
「お久しぶりです。この間はお世話になりました」
「そっちのは?」
「うす、舎弟の南見です」
「バイトの南見さんです」
「ああ、例の。酔狂な奴に懐かれたな」
「ええ、本当に」
注文を取りに来た店員に、飲み物だけを頼む。
「凪凪、やっぱりこの人もセカンズなのか?」
「はい。こちら鰐崎さん、顔が広いので色々とお世話になっています。『十字眼の鰐崎』の異名がお気に入りです」
「こら先に言うな、気に入ってんだから自分で名乗らせろ」
「十字眼?」
鰐崎はサングラスを少し外して眼を見せた。秋人はぎょっとした。
「うわっ」
鰐崎の瞼は両目とも、綺麗に十字型に裂けていた。
「先天性でね」
「器用にぱくぱく動かせるんですよ」
「だから先に言うなって」
(マジか。うちの商品の『クロスダイルくん』、こいつがモデルなのか)
サングラスをかけ直し、鰐崎は秋人を見る。
「君は何をしに?」
「礼を言いに。蛇々島の件ではありがとうございました」
「礼は要らん。猫尾との交換条件だ」
「交換条件?」
「頼みを聞く代わりにこっちの頼みも聞いてもらう。セカンズ同士では行動が通貨だ。欲しい物はたいてい暴力で手に入るからな」
「せ、世紀末」
「鰐崎さん、もう一件の方はどうですか?」
「まだ進展は無い」
「俺とは別件?」
「ほぼ同じです。セカンズに裏の仕事を斡旋している者の捜査です。蛇々島傀蔵の依頼主を突き止められるかもしれません」
「マジか、鰐崎サンおなしゃす!」
「声がデケェな。……そろそろ俺の用件に移ってもいいかね?」
「どうぞ」
「俺も聞くぜ。本当は俺が持つ支払いだからな」
「勝手に聞いてろ素人」
「冷た」
鰐崎は携帯で、ある男の写真を見せた。
「錦広次。拘留中のセカンズ。一か月以内に脱獄予定だ」
「脱獄予定?」
「何だそれ。つーか、セカンズは捕まえられないんじゃねぇの?」
「良い質問だ。黙って聞いてろ」
「怖っ」
注文を運んで来た店員が去ると、鰐崎は話を再開した。
「錦は自首した」
「自首?」
「順を追って説明する。錦は以前、公安の諜報員だった」
秋人は目を点にした。
「チョーホーイン」
「オフレコだ。他言したら殺す」
(殺気がマジだ)
「錦は諜報活動していた国で1年間囚われていた。5カ月前に解放されたが、最悪なことに洗脳されて帰って来た。正確には時限爆弾式のマインドセット。他国の事例を見るに、解放から半年以内に発動する」
「発動したら?」
「複雑なことはできない。事例では無差別殺人、要するにテロ。本人の意思に関係無く実行させる」
「えげつねー」
「錦は自衛隊で特別訓練を積み公安に引き抜かれた精鋭だ。何をしでかすかわからない」
「それで自首を?」
「上司に自分を殺すよう懇願したが、失敗した。洗脳には自己防衛がプログラムされ、自殺もできない。錦はテロを防ぐため、上司を殺してすぐ出頭した。今や時限式セカンズというわけだ」
凪凪は広次の写真をじっと見た。
「脱獄後、錦を始末して欲しい。別のセカンズに頼んでいたんだが、ついこの前死んでな」
(そんな軽く死ぬんだ……)
「わかりました。被害が出る前に片付けます」
「本人もそれを望むだろう」
秋人はつい口を挟んだ。
「なあ、そもそも脱獄させなきゃいーんじゃねぇの?」
「無理だ」
鰐崎は断言した。
「一般警官では錦には敵わん。特殊部隊でも良くて五分。拘置所の警備では誰も止められん」
「凪凪が拘置所ん中でそいつを押さえるのは?」
「君は大前提を忘れている」
「は?」
「我々はあくまで民間人だ。いったいどんな立場で、公務員の仕事場に立ち入るつもりだ?」
「で、でも協力するくらいは」
「メンツは時に命より重い。警察は貸しを作りはしても、借りは作らん」
「……」
「猫尾を見て正義の味方か何かと勘違いしたか?所詮は人殺しの異常者。大半のセカンズは利己的だ。君は身を以て知ったはずだが」
秋人は唇を噛む。凪凪が口を開いた。
「彼をすんなり脱獄させることは?」
「立場上、無理だろうな」
「刑務官の犠牲を減らす方法はありませんか?」
「猫尾、お前もわかってるはずだ。今回はテロを防ぐだけで充分、それ以上は驕りだ。人助けをしたいだけなら、どっかの紛争地帯にでも行って来い」
「オイ、そんな言い方ねぇだろ」
凪凪が秋人を手で制した。
「自己満足が目的ならそうすればいい。だがお前は違う。そうだろ猫尾」
「……ええ」
秋人は鰐崎を睨みつけた。
「嫌な性格のクロスダイルだな」
「はぁ?」
「ぶフッ」
凪凪が顔を隠して吹き出した。秋人の腕をバシバシ叩く凪凪を、鰐崎は訝し気に眺めた。
携帯が鳴る。鰐崎は席を立った。
「失礼」
「ふふっ……どうぞ……くっ、ふふっ」
(まさか、鰐崎サンに黙ってクロスダイルくん造ってんのか?)
「ひぃー、ひぃー」
「凪凪大丈夫か?てかそんなツボる?」
「いやだって、本人の前で言うとか……ふふっ」
(こいつも良い性格してんなぁ)
鰐崎が早足で戻って来た。
「なんてタイミングだ」
「どうしたんですか?」
まだちょっと笑っている猫尾に、鰐崎は険しい顔で言った。
「たった今、錦が脱獄した」
凪凪と秋人は声を揃えた。
「え!?」

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