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暗黒のカウントダウン

1日目。
暖かい水の中で私は目を覚ました。
周りを見渡しても真っ暗で何も見えない。
呼吸をしようと精一杯息を吸い込んでみたが、入ってくるのは生暖かい水だけで、空気は一切体
内に入ってこない。
それでも、不思議な事に苦しいと感じる事はなかった。
自分の姿を見ようと思っても、手も足も何も視界に入らない。
そう、暗黒の世界に私はただプカプカと浮かんでいるだけなのだ。

2日目。
今日もやっぱりここは暗黒の世界。
太陽の光さえも届かない所に私はたった1人なのだ。
名前?
私の名前は……
名前さえもわからない。
一体どうしてここにいるのか、私が誰なのかすらわからない。
とりあえず、この暖かい水の中を動き回ってみたが果てしなく広いということだけを理解した。

3日目。
空気を吸うことは出来ないけど息苦しくないし、不思議とお腹も空かない。
昨日よりも遠くへ行こうとすると、ソレは私をクンと引き戻す。
私の体は一体どこに繋がっているんだろう。
右へ左へ…はたまた下や上へ。
プカプカと探検気分で泳いでいると、私の体に紐のようなモノがグルグルと絡まってしまった。
動けない…苦しい…!
暗闇の中声も出せず、津波のように押し寄せる不安にただじっと耐えるしかなかった。

4日目。
どこからか、声が聞こえてくる。
水の中にいるせいか曇って聞こえてくるが、なんと心地よい声なんだろう。
歌を歌っているのかな。
あまりにも気持ちよくて、いまだ身動きが取れない私は静かに暖かい水の中で手足を動かしてみ
た。
心地よい声に合わせて、まるでダンスを踊るように徐々に紐から解き放たれる身体の部分を動
かしてみる。
取れた!!!
すると、今まで気付かなかった柔らかい壁に手足が触れた。
ポヨン…ポヨヨン……

5日目。
私を助けたくれた優しい声の持ち主への興味がどんどん湧いてくる。
どこから聞こえてきたんだろう。
誰の声なんだろう…。
そんな事を思いながら柔らかい壁に手足を当てるのが楽しくて、昨日よりも少し激しく動かしてみ
る。
ポヨン…ポヨヨン……
跳ね返ってくる自分の手足がまるでボールのようで、何度も何度も繰り返し動かしてみる。
すると、昨日よりも柔らかい壁が私の近くに来ている事に気づいた。
この場所が少しずつ狭くなってきている。
いつか、私はこの壁に押しつぶされてしまうんじゃないかと怖くなった。

6日目。
聞き覚えのある心地よい声がする。
……ちゃん、ゆうちゃん……
あ、私の名前だ。
私の名前はゆうちゃんなんだ。
なんて、暖かい声なんだろう。
眠たくなるような、元気になるような…
そんなこの声の人に会いたい。
どうしたらこの人に会えるんだろう。
会いたいのに会えない。
相変わらずの暗黒の世界。
この世界のどこかにいると信じていたのに、私はたった1人なのだ。
あれほど広大無限だったこの世界は、とうとう私の体を包み込むまでに狭く変わり果てた。
今は手足を伸ばす事すら出来ない。
私は体をギュッと丸くする。
時折体をモゾモゾと動かすと、柔らかい壁が励ますように体をこちょこちょとくすぐる。

7日目。
それは突然起こった。
柔らかい壁が体中をギューギューと押しつぶす。
痛い!
痛い!!
私の体が押しつぶされちゃう!!!
骨が悲鳴をあげ始めた。
やめて…これ以上私を押しつぶさないで!
どんどん柔らかい壁が私に襲いかかってくる。
体の痛みはどんどん強くなっていく。
頭の上に小さな穴を見つけた。
ここを抜けないと、私は押しつぶされてしまう!
本能的にその穴の方へ頭を押し込んだ。
今までにないような激痛に意識が朦朧とし始める。
痛い…いたい……

目の前が明るくなった。
今まで体を包み込んでいた暖かい水がなくなると同時に、突然空気が肺に流れ込んでくる。
苦しい!!!!

『おぎゃーーーーー』

『ゆうちゃん、やっと逢えたね。
生まれて来てくれてありがとう。』



0日目
ずっと会いたかった暖かい声が、曇りなく耳元にそっと囁いてくれた。
やっと会えたね。

ずっと聞いてきた、眠くなるような元気になるような大好きな声の人。
その声の人の腕の中は、今までいた暖かい水の中よりもさらに優しく私を包み込んでくれた。
やっと会えたね。

暗黒の世界に慣れた目が姿を捉えるのは難しいけど、この世界の光を確かに感じるよ。


私の手に触れた大好きな声の人の指をギュッと掴んだ。

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