その時、彼は号泣した。
彼はウチで働き始めて5年になる。
市内の別のB型事業所から移ってきた。
前の事業所との引継ぎの際に両事業所のスタッフのみで会議を行ったのだが、あることを念押しされた。
『実は・・・彼、かなり手癖が悪いんです。』
「どういう意味ですか?」
「はっきりとした確証がないので我々も対処に困っていたのですが、何度か事務所の小銭入れに手をかけているところを目撃したり、気付いたらお釣り用の小銭がなくなっていたり…ほぼ彼で間違いないのですが、確証がない中で犯人扱いして訴えられたりしても嫌なので、カギをかけたロッカーにしまうことにしていました。With Youさんでも気を付けて下さい。」
「はぁ・・・分かりました。」
何となく解せなかった。
それっておかしくないか??
そう思いつつも、まずは一緒に働いて彼のことを良く知ろう。
そう思った。
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彼が働き始めて数ヶ月、前に所属していた事業所の人たちが言っていた意味が分かった。
昼休み、やたらロッカールームに出入りする姿を見たり、金に執着した話をしているところを聞いたり。
スタッフ間でも情報を共有していたので注意して見ていたのだが、ある日事件は起きた。
「お金がなくなりました。」
別の男性利用者からの声出しだった。
「仕事帰りにCDを買おうと思って2,000円持ってきたのに1,000円しかなくなっています。」
まずはそこの部分の事実確認をした。
1,000円なくなったのは事実だった。
と言うわけで、腹を括った。
『彼を正そう』
男性ロッカーでの事件なので男性陣に絞ったうえで全員を呼んだ。
「Aくんの財布からお金がなくなった。Aくんの勘違いかもしれないけど、誰かが盗ったのかもしれない。一人ずつ話を聞かせて。」
そう話して、一人ずつ順番に社長室に呼び、話を聞いた。
正直、彼に目星をつけていたので他の人はどうでも良かった。
そして彼の番。
「心当たりない?」
「知りません。」
「本当に?」
「本当に知りません」
「Aくんは君がロッカーに出入りしてるのを見たって言ってるけど、何してたの?」
「別に何も・・・社長は僕を疑ってるんですか?」
「そうだね。疑ってるけど、信じてもいる。」
「じゃあ信じて下さい。僕じゃないです。」
「それが答えでいい?その答えを言う君を信じるのでいいの?俺は前の事業所の職員さんとは違うよ?俺が君を見放したらもう誰も君を救ってくれないよ?」
「・・・・・」
「今、正直になってくれたら俺が絶対立ち直らせてやる。だから勇気を出して自分の口から言ってみな。」
「お父さんやお母さんに言わないでくれますか?」
「約束するよ。」
「・・・・・・・・ずっと、〇〇〇(前の事業所)に居た時からずっと、止めて欲しかったです。怒って欲しかったです。」
「やったんだよね?」
「・・・・すみませんでした!!!!!!」
そう言って彼は号泣した。
俺の手を握って、膝から崩れ落ちて。
「やめたいのにやめれなくて、みんな見て見ぬふりで・・・」
「もう大丈夫だよ。今の気持ち忘れなければ大丈夫。この先ここを卒業してどこかで働いても、今の気持ちを絶対忘れちゃダメだよ。」
「もう絶対しません!社長に嘘もつきません!」
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その後、きちんと社内を落ち着かせ、Aくんにも分かってもらい、この件は終了した。
今にして思うと、一歩間違っていたら問題になっていたかも・・・と考えたりもする。
でも、目の前の一人を救えないのに複数人の就労支援なんて出来るわけないと思う。
障害があるからと言って何でも許されるわけないし、ことが起こらないように現金や金目の物を隠したって根本的な解決にはならない。
事実、彼はやめたかったのに、止めて欲しかったのに、怒られたかったのに、今まで彼に関わってきた関係者の誰もが目を背けてきた。
でも彼はもう大丈夫。
毎日仕事を頑張り、好きなアイドルのCDやグッズを買うために貯金している。
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