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資格に執着する無意味さ

■世の中には取るべき資格とそうでないものがある

個人的に

資格を取っているとすごい人

的な考え方に辟易してきたので今日はそんな自分が資格というものを徹底的に考えたい。

資格って様々な国の省庁やら個人団体まで設けている。

僕が保有している薬剤師免許とかは、そもそもなければ働くことすら出来ないので必要なものと感じている。また、運転免許証のようにそれを持たずして、その行為をした場合に違法なんていうものも必要だ。

僕が疑問に感じるのは、使えなさそうなのに取る資格だ。そういう資格が極めて無意味だなと思ったケースに出くわしたことがある。

以前、専門資格を持っている看護師に、どうしても僕がわからないことがあったので質問すると、

「わからない。習った気がする。」

という回答と、更に、一緒に参考書を持ってきた。

彼はその資格に向けて非常に長い時間勉強したみたいだが、いかんせんそういう僕の質問に回答出来ず最終的に僕が参考書から答えを見つけ出した。彼には申し訳ないが、少し残念な気持ちがしてしまった。

資格を取得すると他の人よりもそのジャンルについて詳しくなる。これは、否定出来ない事実だ。しかしながら、資格のみで中身のない人も少なくない。資格を取得するのにはかなり時間がかかるだろう。それが、資格を取った時にピークで、後は忘れてしまうなんて極めてもったいない。

なぜ、こんなことが起きるのだろうか。

■必要な時こそ最も知識を吸収できる

知識って一生懸命に取り込んでも、時間と共に忘れてしまう。人間は、嫌なことをいずれ忘れてしまうのと同時に、良いことも忘れてしまう。

知識を吸収し、忘れないためにはやはり

知識を日常的に使う

作業をし続けなければいけない。資格を取っても忘れてしまい全く生かすことが出来ない人たちに共通するのだが、ただ無目的に知識を詰め込んだところで、大して役立ていないのなら「全く無意味な資格取得」であることに気づかなければならない。結局、資格があってもそれを生かせなければ全く意味がない。

■車の免許も同じ

大人の誰もが持っていそうな資格といえば、

車の運転免許証

だ。運転免許証がなければ、彼女をデートにも連れていけないので不便でたまらない。

しかし、僕の周りにも「ペーパードライバー」っていう人が少なくない。考えてみればあまりに無駄だ。

だって、

車の運転を自動車学校で体験するためだけ

の資格取得になってしまったからだ。ある程度の期間を空けてしまうと本当に運転できなくなるみたいで、自動車学校に費やした30万って、もはや運転免許証という身分証明のためのものに払っているようなものだ。

■〇〇さんとは違う資格というのも意味がない

「その資格、○○さんが取ってたから、私は違うのを取る。」

っていうのも正直意味がないことが多い。その職場で役立てる資格として他者と異なるものを取得することは決して否定しないが、役立てる資格とされているものはすでに多くが持っている。少数派を狙って取ろうとしている資格というのは本当に役立つかどうかを考えた方がよさそうだ。

■必要な時に必要な量勉強

資格を取得すると周りから褒められる。日常的に頑張っている人を褒め称えることは大切だと思う。だからといって、着飾るためだけに資格を取ろうとすることは非常に無駄だと個人的に思う。友人にも「ハケンの品格」の主人公並みに資格を持っている人がいるけど、今は全く関係ない仕事をしている。結局、資格で着飾るよりも、本人の実力次第なのが世の中な気がする。

運転免許証みたいに「免許証が無いと、違法」

ってもの以外は、資格にとらわれず必要な時に少し時間をかけてインプットした方がはるかに効率的な気がしている。