流れ流れてどこどこ行くの。

パウロ・コエーリョの「アルケミスト」では、主人公の羊飼いの少年がエジプトのピラミッドを目指して旅をする。前兆にしたがって旅を続ける。「理性的な」人達からは笑われるような判断、「失敗」と馬鹿にされることも経験しながら、とにかく停滞しない。流れていく。

「バビロン大富豪の教え」でも、登場人物たちは流れていく。大切な人を失ったり、奴隷になったり、騙されたりしても変化を続けていく。

坂口恭平さんもnoteの「お金の学校」で、経済は流れだ、流れていないと気持ちよくない楽しくない、とおっしゃっていた。

♪川〜は〜流れ〜てどこどこ〜ゆく〜の〜♪

胸のつかえが取れるとはよく言ったもので、詰まってるとよくない。心も体も思考も。どうにか流し続けたいな〜。絵を描いてるとき、書を描いてるとき、読書してるとき、歌ってるときは流れてるんだけど、仕事がつまりにつまってるのか、最近は会社に行くだけでなぞの体調不良。

ただ、すきなこと・心地よいことを追求しようとして、大好きなはずなのに死ぬほど苦しくなった歌のレッスンを辞めて、冷えとりくつしたはきだして、銭湯で整えて、絵と書道を再開したら、私生活が流れ出してうれしい。あたたかいメールをいただいたり、心底ときめく物件を見つけたり、父親を許すきっかけを知ったり、母親に辛かったことを打ち明けることができたり。

この世は苦行で、人生とは変化し続けるもの。つまること、心地よくないこと、くさいこと、ぞわぞわすることはやらない近づかない。自分の前兆を信じて変わり続ける。そうしたらたまにご褒美みたいな、うつくしくて、あったかい瞬間が訪れてくれる。って思うなあ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?