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健康とスピリチュアル

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健康と病気に関するスピリチュアルな考察。スピリチュアルなヘルスケアについてなど。その他民間療法やホリスティック医学とかフィトテラピーとかもボチボチ。
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#ヘルスケア

自分の頭で考えて真実を見極めること

私は疑似科学(エセ科学)なエネルギーヒーリングと呼ばれる氣功とか(いちおう民間療法ではあるけれど)、サギだのインチキと叩かれることの多いレイキとか、迷信や霊感商法と非難されることの多い、やっぱり何処までいっても科学や常識とは正反対の非科学的な分野を生業としている人間ですけれど…いちおう製薬メーカーでお仕事させて頂いたこともあったりして(単なる治験事務)、医学不信とか化学製剤とか科学を否定する側ではないのね。フィトテラピーやアロマテラピー、ホリスティック医学も勉強していたから、

ヒーリング/エネルギー療法のデメリットとメリット

■ヒーリングのメリット ・エネルギー(氣、プラーナ、マナ、オーラ、エーテル・バイタリティーと呼ばれるもの)の不足が補われ、氣の流れやバランスがよくなる。 ∟ 結果として、生命力が活性化され、本来持っていた力を取り戻せるようになります。 ・オーラやチャクラの不具合が改善されることによって、エネルギー(氣、プラーナ、マナ、オーラ、エーテル・バイタリティーと呼ばれるもの)の漏れ、外部からのネガティブなエネルギーの侵入を防ぐことに繋がる。 ∟ 魂が肉体としっかり結びついて

ハンド・ヒーリングのススメ

どの記事だったか忘れてしまいましたけれど… エーテル・バイタリティー(氣またはプラーナともマナとも言う)を、人から人に譲渡するだけのハンド・ヒーリングは出来ることが限られていて、それだけでは対応できないことが多いとか、ダメっポとかナントカカントカ…と書いたんですが (あ、スクールとかヒーラー養成講座に関係したことでしたっけ) 確かに、ハンド・ヒーリングだけでは限界があるのですが、それはそれでそれなりにハンド・ヒーリングにも有効性というか、使いようというか、実利性、良い面はあ

エネルギー・ヒーリング~氣とレイキの恩恵

ヒーリングとは「治る力」すなわち自己治癒力のことで、身体が治ろうとするのをサポートする、治療行為(施療)のことも意味します。 現代医学(西洋医学)も、それに付随する理学療法もヒーリングだし、東洋医学(中医学・韓医学・日本漢方)も、アーユルベーダもチベット医学もタイ古式マッサージも、世界中に存在する民間医学や療法はみんなヒーリング。 指圧も按摩も整体もリフレクソロジーも、カイロプラクティックもオイルマッサージも。 ボディ・ワークとしてのヒーリングだけでなくて、心や精神に対す

氣の充実と瞑想とヒーリングの恩恵

私たちの3つの身体が 生命活動をして生命として存続するためには そのうちの1つの身体たる肉体が 酸素・水分・栄養素としての食物を 必要としているだけでなく プラーナとかマナとかエーテルバイタリティー とかフォースとか宇宙エネルギーとか 様々な名称で呼ばれる「氣」というものが 必要不可欠だったりします 「氣」は3つの身体を維持・管理し 修復したり生命活動をするためだけでなく 私たちの記憶の元となるエレメンタルを生成したり それらをコントロールして使っていくためにも 欠かすこと

病気は意識が認めたくなかったものが身体(物理)化したもの

いつも外的に活動しているあなたの魂に、病気というものが否応なくもたらす、静かな時間や自分を省みる時間には多くの収穫がある。 そうした時間は、物質的存在の土くれの中に霊の風を吹き込んで、土でできた肉体を黄金に変える錬金術のために使われる。 病気は、魂からのメッセージであり、教えである。 そしてレッスンを学び終えた後には、病気はもう存在しなくなる。 病気とは魂の混乱が物理的に外に現れたものであり、それが意識にとって明確に解るようになったものである。病気のすべての部分があな

氣の凝り~怒りと体の強張り

聞いた話ですので真偽のほどは解りません。英語では痛みを表す言葉はあっても肩凝りという言葉がないとのこと。それを表す言葉がないということは、身体が凝るという概念が欧米人にはないということになりましょうか… どうも凝りという概念はアジア人独特(主に東洋医学)の概念のようです。 だから欧米人(英語圏)に肩こりの説明をして初めて、 「自分が日々感じている、この違和感の正体は肩こりというものだったのか!」と感動した人がいたそうですよ。 基本的には、筋肉の張り(緊張)として理解されて

予防医学と免疫力の大切さ~恐怖の記憶と集団パニック

上記の画像は疫病・息災除けの角大師のお札です。 角大師は、平安時代に比叡山延暦寺の天台宗の中興の祖で、僧侶である良源(慈恵大師・通称は角大師や元三大師など)が、疫病神を追い払うために夜叉になった時の姿を模したもので、この姿絵を魔除け疫病除けの札として加持祈祷を行い開眼し、民家に配布し戸口に貼ったところ霊験すさまじく、この札を貼った家人は疫病にかかることがなかったとのこと。 確かこの時の疫病は天然痘だったと思いますが、平安京では長屋王を失脚させて死に至らしめた、悪名高い藤原

病気とカルマと身体のこと(前半)

私たちは、ある病気の原因をいつも外的な因子に捜し求めているが、それよりもむしろ、身体そのものに求めるべきではないだろうか? どうして、身体は自らをこんな状態に追い込んでしまったのだろうか? どのように身体はミスをしたのだろうか? また同じことができるのだろうか? この困った事態から、身体を救出するために何かできることはあるのだろうか? 健康な身体は、たくましくしっかりと安定しており、自分で自分を管理している。それは抜きん出た存在である。健康な状態はなにかを越えたものがある

薬毒不二~病気と医学とスピリチュアル

~薬、人を殺さず 薬師、人を殺す~意訳; ものは使いよう。 使う人次第では、それが毒にも薬にもなるということ。 薬を飲んで死ぬことがあっても、薬に罪はなく、 問われるのは薬を調合したり 服用させたりした医師の責任であるとして言う。 ※以前のblogに書いていた記事の中で、有益と思えるものをマガジンにまとめてみることにしました。以前に書いたものの転載ですので、手抜きと言えばそうなんですがww ちなみにこれは2016年7月の記事 自分語りになってしまいますが、私は子供の頃は