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ストックホルムでさんぽ神①

さんぽ神とは?

 さんぽをより楽しくするためのカードゲーム/アプリです。詳しくは次の記事を読むか動画を見ると良いでしょう。

 ごく簡単に説明すると、アプリを起動するとさんぽを楽しくするための神のお告げが現れるので、そのお告げ通りにさんぽを行うといったものです。皆さんも入信しよう、さんぽ神!


1回目(5/6)

 今回のお告げは「何らかの境界をまたいだ地点で 美しい写真を撮ろう」というものだった。「境界」ということばに、自然と淡さ儚さを感じて、そこにいけば確かに美しい写真が撮れそうだと、そう思った。

今回の神託だ

 授業から解放されて朗らかな気持ちを抱きつつも、脳裏の片隅には新たに課された課題が残り続けている。そんな午後五時半だった。気温は五月にして11℃。先々週まで雪が降っていたから、そこと比較すれば温かいものの、一昨日の20℃という春の陽気が名残惜しい。一度別れを告げたコートにもう一度袖を通しながら大学へと赴くと、エントランス脇に咲いている桜も心なしか寒そうに震えていた。ちなみにストックホルムでは、先週から今くらいにようやく桜前線が訪れた。日本ではおそらくもう跡形もないだろうが、ここでは今が見頃だった。

今回の散歩のスタート地点でもある

 さて、散歩の目的地だ。桜を見ながら少し脳内マップを探索していたが、無事行き先の候補が見つかった。美しい写真が撮れそうな境界、心あたりはあった。というか、今回のお題については、ストックホルムという街の特性を知っていればすぐ思いつく。無心に彷徨っても良かったけれど、思いついてしまったのだから折角だ。わたしは地下鉄に乗って目的地へと向かう。

 運転の荒い地下鉄に揺られて十分ほど、目的地の最寄駅であるT-Centralen駅に着く。字面から察せられるだろうが、ここはいわゆる中央駅だ。駅へ降りると、この街にしては珍しいほどに人の喧騒を感じられる。日本で長年暮らしていたわたしにとってはそれはもう奇妙なほどに、夕方六時にしては日差しも強い。まだまだ日は翳る気配を見せず、嫌になるくらい燦々とわたしたちを照らしつけている。

ストックホルム中央駅

 日本ではあまり知られていないが、ストックホルムという街は14の島々によって構成されている。ウィキペディアによると市の面積の30%を運河が占めるほど、ここでは水と暮らしが密接している。地下鉄やバスに乗ることができる一般的な切符で、フェリーにも乗ることができるのだ。

 これはつまり、いくつもの境があることを意味する。それは地理的な境だ。そして人類はその境をまたぐために、幾度となく大掛かりな建築を成し遂げてきた。その建築物が今回の目的地だった。わたしは地上に出て、水辺へと向かった。水面を撫でた冷たい風が、コート越しにその存在を主張する。そうこうしているうちに、目的地が見えてきた。そう、島と島を区切る境界の川、そこに架かる橋である。

釣り人もいる

 川の辺りを歩いていると、釣り人が二人、竿を川に落としていた。なにか釣れるのだろうかと、その様子を見ていると、奥側で頑張っていたお兄さんに「調子はどう?」と話しかけられた。「まあまあだね。そっちの調子は?」と返しながら、くいっと手首を捻って釣りの様子を示すと、苦笑いしながら「三時間いて坊主だよ」と彼は嘆いた。

 少し話を聞くに、どうやらこの川では何種類かの魚が釣れるらしい。冬にはーーといっても川が凍結していないうちだがーー鮭釣りの大会があるようだから、時期が良ければ鮭も釣れるのだろう。わたしがその場を立とうとすると、今日は来ない日だといって、お兄さんも竿を上げていた。

 神は「境界をまたいだ地点で」美しい写真を撮れと言っている。今いる場所は境界ではあるが、それはただ境目にいるというだけであって、境界をまたいでいるわけではなかった。そういうわけで、あとちょっとだけそぞろに歩きながら橋の上へと向かう。

 わたしはここから見る景色が好きだった。一方には歴史の積もった旧市街の建築が、もう一方には発展を続ける中心街の建築が見える。橋の向こうには色合いは旧い街並みに合わせつつも、湾曲したガラスが落ちてゆく陽の光を反射する国会議事堂が佇んでいる。反対側を見ると煉瓦造りの塔と、その頂に鎮座する装飾に、鐘が慎ましくも大胆に主張する市庁舎が見られる。そしてそれらをつなぐのが流れの急なひとつの川だった。それを大きくまたぐこの橋は、古今をまたぐ橋でもあるのだ。

国会議事堂側の写真
橋の写真

 わたしはそこで携帯を構え、国会議事堂側に向かってシャッターを切った。本当は市庁舎側のほうが全面に広がる海と、際に鎮座する市庁舎とのバランスが妙で美しいのだが、残念ながら見事に逆光であったのだ。またここは、夜景が見事なスポットでもある。しかしながら緯度と時間の都合上、夜景を撮ることはできなかった。ここはいま、夜九時をすぎても空が明るい。北極圏に近いから、一日のうち十五時間以上は陽の光が空を照らしているのだ。でも陽が落ちた際の、深い黒に淡い白の雪が降り頻る景色は、筆舌に尽くしがたい印象を残す。もう雪は降らないけれど、そして陽は空に居続けるけれど、わたしはいまでもどこかにその姿を探していた。

市庁舎からの夕景
市庁舎からの夜景

 さんぽを達成したのでオチはないです。②が投稿されるかも未定です。

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