私のスペック

現在

とあるエネルギー関係の会社に勤務。事務担当の契約社員(後日晴れて正社員)。趣味でクラリネットをやっています・・・とは社会人としての自己紹介での定型文。実際のところ、生活のなかでは音楽に重きをおいていたりする。

プライベートでは、とあるアマチュア吹奏楽団に所属。当初は指導者のバンドとして発足し、まわりはバリバリ吹く「先生」と名のつく人ばかり・・。そんな中の一般人。その後どこでどうなったか忘れたけど門戸をひろげて、先生でなくても入団できますよ、コンクールにも出場しますよ、ちょっとは全国大会にもいったことありますよ的なバンドへ。正直、吹奏楽のオリジナル曲にはいまだなじめず、やっぱりブラームやモーツァルトが好きなのはここだけの話。クラリネットアンサンブルの団体にも所属

過去

幼少:近所のピアノの先生のもとでピアノを始める。なかなか厳しい先生で、何度も泣かされたし手をつねられたり(今じゃ考えられませんが笑)・・・1年ほど通って赤バイエルから黄バイエルの途中で断念。自分がいやがったのか、家計が苦しかったのかよく覚えていない・・・(両方かな)

小学生:低学年のときは他の教科がダメダメな分、音楽の時間が楽しく、リコーダーを吹きながら下校する小学生であった。体が弱く学校も休みがち。高学年からは器楽部に入部し、鍵盤ハーモニカ→オルガン→バスアコーディオンを担当。今みたいに小学校から吹奏楽部なんていうのはなかった。

中学生:吹奏楽部に入部。どの楽器が吹きたいという希望もなく、近所のお姉さんがクラリネットパートだったという理由でクラリネットを選択。コンクールは県大会どまりのダメ金。でもこのころが一番音楽に燃えていたかな、いや、コンクールに燃えていた(笑)

高校:こちらでも吹奏楽に入部。しかし幽霊団員。高校になるとみんな勉学に励むようで、文化祭のときくらいしか集まらなかった。しかし、このころに進路を音楽のほうへ決めた。「音楽で食っていくぞー!」という意識の高いものでもなく、いや、おぼろげながら音楽の職業につきたいとも思っていたかもしれない。このころ今でいうパニック障害(当時は不安神経症といっていた)を発症し、出席日数がギリギリで就職はまずムリ。さりとて国立大学にいく脳みそはもっていないし、私立大学は家計が許さない。よって短期大学の推薦枠で受験。選択肢はなかった。さて決まったからにはレッスンに通い、地元の音楽コンクールに出場、予選は通過。なにより、パニック障害で外に出ることに勇気を要した私にとってこのコンクールは大きなステップとなった。

短大:地元の短大の音楽科に入学。電車通学、数々の本番、毎週のレッスン、副科、楽典、ソルフォージュ、教育実習etc・・そしてバイト、合コン。出会った曲は数知れず、サン・サーンス、ウェーバー、モーツァルト…大好きなブラームスに出会ったのもこの時期で、ブラームスさん私のために曲を書いてくれてありがとう(大きな勘違い)。充実した学生生活だった。

ジストニアと関係あるかわからないが、病歴:喘息、アトピー性皮膚炎、パニック障害、ついでに冷症、偏頭痛、不整脈。2016年に歯科治療(奥歯をインプラント、親知らずを抜歯)過去には円形脱毛症、腱鞘炎。巻き爪、卵巣嚢腫、近眼、老眼てんこもり。でも風邪ひかず。

2017年5月2日記

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