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水戸納豆

水戸市の中心部にある小さな納豆工場。
"納家の水戸納豆"は水戸一の工場として、市内だけでなく、茨城県各地の道の駅、首都圏などに出荷されるほどの人気商品だ。

「また、売上が一段と下がってる…参ったな。」

穰の父・黄作こうさくは売上の伸びに悩まされていた。
繁忙期以外はよくあることだが、それにしても異様な下がり気味であった。

「お前さん!また下がったのかい!」

穰の母であり、黄作の妻・千茶世ちさよも売上の伸び悩みに頭を抱えていた。
商品の取引や売上は家計を支えるもの。
収入が少なくなれば生活に大打撃となってしまう。

「また営業に行くようかなぁ…。」

黄作はチラッと穰を見る。
父が言わんとしていることを穰は察したのか、無意識のうちに目を逸らす。

「穰っ!家計の為さ!体を張ってきなさい!」
「ちっ…しゃーねぇなぁ…。」

めんどくせ、と穰は不満気にボソッと呟く。
母に肩を叩かれ、渋々取引先について整理し始める。
電話を掛けたり、訪問の日程調整をする。

数日、穰は取引先との交渉に企業訪問をしていた。
どこを訪れても商品に対して不満は無いという。強いて言うなら"粒の量が少ないこと"らしい。
納得のいかない返答に穰は理不尽さを感じていた。

「はぁ〜…。」

穰は重い溜め息を吐き、常磐神社に立ち寄る。
神社の境内ではメロンとマロンが御守りや絵馬の整理、八兵衛は箒で掃除をしていた。
八兵衛が穰に気付き、駆け寄る。

「納豆さん!御隠居に御用ですか?」
「…ああ。いるのか?」
「今、祈願中なんです。終わったらお報せしますね。それまで、こちらにご案内します。」

八兵衛に付いて行き、社殿に入り、礼拝部屋の横を通ると、その奥に居間が広がっている。
穰はそこの座布団に疲れたように腰を降ろした。
八兵衛が部屋から出て行ったあと、盆を持ったお梅が部屋に入ってくる。
お茶と水戸銘菓・水戸の梅をテーブルに置き、部屋から出て行った。
穰は少しひと息つくと、水戸の梅を口に運び、ズズッと唇を鳴らしてお茶を飲んだ。
しばらくすると、祈願が終わった光圀と來衞が入ってきた。

「どうしたのだ、納豆…。」

と、光圀が言い終わるや否や穰は藁をもすがる思いで光圀と來衞に訴える。

「御隠居ー!また、トラブルが起きたんですよ!!今度は粒の量が少ないとか何とかって!
取引先に行っても不満無いって言うし!問題が見えません!!」

喚いたあと、我に返った穰はハッと青ざめる。

「す、すいません…。」

光圀は一つ深呼吸をしたあと。

「つまり、また不可解な出来事が起きて、どうすることができないと…。」
「えぇ、あ、はい。」

売上が落ちたことは気にしていない、ということを穰は伝えた。
ただ、分量がいつの間に減るとはあり得るのだろうか、と穰はモヤモヤしているのだ。

「監視カメラは調べましたか?」

來衞にそう聞かれて穰は、あ、と気付く。

「…ま、まだ、見てないっす。」
「御隠居様。一緒に見に行ってあげなさいな。」
「全く、しょうがないな。」

光圀は面倒そうに腰を上げる。

穰は光圀を自身の納豆工場に案内した。
工場横にある自宅に通すと、黄作と千茶世が光圀を出迎える。

「あぁ!やはり、来てくださると思っておりました!」

黄作は水を得た魚のように目を輝かせる。

「お祓いお願いできますか?」

やはり、一家揃ってお祓いを望んでいるようだ。話は早い、と光圀は思った。

「では、工場内へ案内してくれぬか。」
「御隠居様、こちらです。」

千茶世が光圀を製造現場へ通す。

元柱固具 急急如律令

光圀は工場内を霊視する。
すると、目の前に複数の人影のようなものが現れる。

「おや、これは…。」
「な、何ですか、御隠居!」

不安気味に穰は言う。

「納豆に恋しくなった亡霊やら味に不満がある生霊やらが蠢いている。異様に売上が下がったり、粒が少なくなったりしている原因はこいつらだな。」
「さっさと追い払ってくれ!仕事にならんべ!」

黄作が光圀にそう言う。
光圀は一歩前へ踏み出すと。

「家主が早う出て行けと言っているぞ!生者の邪魔をするでない!散った、散った!」

と、光圀は数珠を片手に埃を払うように振るった。想像と違う除霊法に穰は驚く。

「お前たち!生者の邪魔になっているぞ!!早う出て行かぬか!」

少し強い口調で叫ぶと、製造現場の機械や原材料に張り付いていた人影たちがゾロゾロと動き出し、外へ出ていくのが光圀の目には映った。
中にはボソボソと文句を言う霊もいたが、光圀に睨まれると渋々出て行く。

「…うむ。居座っていた霊は出て行ったようだな。」

人影の気配が消えたのを確認すると、光圀はそう言う。
あまりにあっさりした除霊に穰は呆気に取られていた。

居間に光圀を通すと、穰は改めて今回の一件について話す。

「あの、御隠居。今回はいつものように呪文を唱えたりはしないんですか。」

光圀は茶を一口啜ったあと、口を開く。

「大した害も無い霊魂だ。ただ、邪魔をしたかっただけの霊にはああいうやり方が充分だ。」
「けど、また生霊とか妖怪に邪魔されたら…!」
「お前のほうでも何か対策しなければ意味無いだろう!私はお前に構うほど暇ではないんだぞ!」

光圀にピシャリと怒鳴られると、穰は自分でも何か調べようとしなかったことに深く反省した。

「しばらくは、これを製造現場に置いてみてはどうかな。」

光圀は1つの御守りを穰に渡す。
商売繁盛守りだ。

「それにお前の工場には神棚が無い。彷徨う霊魂や悪い妖怪に邪魔されたくないのなら、神棚を飾ったりしたらどうだ?」
「あ…ああ、そうですね…。」

穰は自分の力不足に肩を落とす。

「そう落ち込むな。また、不可解なことがあれば常磐神社にいつでも来なさい。知恵ならいつでも分けられる。」

そう言い、光圀はニコッと微笑んだ。
光圀の笑みを見て、穰は安堵した笑顔を浮かべたのだった。

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