水府提灯
常磐神社の社務所にて、水府提灯作りが行われていた。
ネモフィラと納家穰はお梅と共に水府提灯作りを手伝っていた。
型に竹ひごを巻いていき、糊付け、紙貼りの順に作業を進めていく。
竹ひごを巻きながら、お梅はふと思い出したように話す。
「…そういえば。提灯作りが繁忙期になると、提灯を愛しそうに眺める幽霊が現れる、という話を工房の職人さんが話していたのよね。」
「工房に宿る地縛霊なんじゃないっすか?」
と、納豆が言う。
「工房だけに出るならそう言えるわ。だけど、梅まつりや黄門まつりといった提灯で賑わうお祭りでもよく見られるみたい。」
提灯好きの幽霊か、とネモフィラは考える。
「ちなみにその映像を職人さんが送ってくれたの。ちょっと見てくれる?」
お梅はスマホを取り出し、画面を操作すると、映像を再生する。
ネモフィラと穰はお梅のスマホに近付き、映像を凝視する。
映像には製作途中の提灯を保管する倉庫らしき部屋が映っていた。
そこに半透明の白い人影が薄っすら映っていた。
もう一つの映像は黄門まつりの映像のようだ。
商店街に掲げられている提灯を見る半透明の白い人影が一人。姿形は最初の映像と似ている雰囲気のように見えた。
「お梅。その映像、こっちに移せない?」
ネモフィラがスマホを見せながらそう問いかける。
「え、ええ、大丈夫よ。」
お梅は不思議に思いながら画面を操作し、2つの映像をネモフィラのスマホに送った。
「映像貰ってどうすんだよ?」
「気になるから調べてみるのに使うのさ。」
なんか御隠居みたいだな、と穰は思った。
お梅によると、どうやら老舗の提灯工房だという。
ネモフィラは工房へ足を運んだ。
「あの…常磐神社の者なのですが。」
「あぁ、世話になっております!どうぞ、どうぞ!」
ふくよかな雰囲気の中年男性が顔を出す。
ここの代表だという。
応接室に通され、茶と菓子が出される。
男の名は、青木英史という。
お梅に映像を送った者らしい。
「不思議な映像が撮れましてねぇ。まさか、常磐神社の方が直々に来てくださるとは…!」
「あ、いえ、少し気になっただけです…。」
嬉しそうに喜ぶ青木にネモフィラは戸惑う。
光圀のように上手いお世辞が言えず、申し訳ないと感じた。
「あの霊に心当たりは?」
「いやー…全く知らない人ですね…。なんかうちの昔の写真で見たことのあるような感じなんですけどねぇ。」
と、青木は応えた。
工房の関係者ではないのか、とネモフィラは疑問に思う。
「とりあえず、またカメラで記録をお願い出来ますか。霊が現れたら、俺に連絡を頼みます。」
「えぇ、もちろんです!すぐにまたお知らせします!」
青木からそう返事を貰うと、ネモフィラは一旦常磐神社に戻った。
2〜3日待つが、件の霊が現れない。
さらに数日待つ。
ネモフィラのもとに添付ファイル付きのメールがタブレットPCに届いた。
映像ファイルを開き、再生すると、確かに透明な人影が倉庫に映っていた。
ネモフィラは返信メールを送り、光圀のもとへ駆け出す。
拝殿では祈願が行われていた。
邪魔にならないよう、しばらく待つ。
参拝者が席から立ち上がり、ぞろぞろと外へ出ていくのを確認すると、ネモフィラは光圀の近くに駆け寄った。
「む?どうした、ネモフィラ。」
「義父さん。ちょっと見てほしいものがあるんだけど…良いかな。」
「ああ、構わんよ。」
ネモフィラはタブレットPCが置いてある居室に光圀を連れて行く。
腰を下ろすと、画面を操作し、先ほどの映像を再生する。
「お梅から聞いたんだけど、繁忙期や提灯が出されるお祭りになると出る幽霊なんだって。工房の人にも話を聞いたんだけど、知らない人って言ってたんだ。」
ネモフィラの話を聞き、映像を見て、光圀は、ふむ、と考える。
「こんなにも人間味ある霊魂がいるとはな…。きっと、提灯に思い入れがあるのやもしれん。ネモフィラ、その工房に俺を案内してくれるか。」
「もちろん!」
ネモフィラは青木とメールのやり取りを交わし、光圀を連れて再び工房に訪れた。
「あ、御隠居様!お世話になっております。」
光圀の顔を見ると、青木は何度も頭を下げる。
「いやいや、こちらこそ。幽霊についてお困りのようだ、と伺ったのだが。」
「えぇ…まあ。」
混迷した様子で青木は頷く。
光圀とネモフィラは青木の案内で工房の奥にある居間に通される。
「本当に霊に心当たりは無いのだな?」
「…はい。本当に分からないんです。」
「ふむ…。」
光圀は霊が出た場所に連れてくれ、と青木とネモフィラに頼み込む。
映像と同じ場所、工房の倉庫に光圀は入った。
そこには出荷向けの提灯、制作途中の提灯などがダンボールに入っており、積み上げられていた。
オン・ムニムニ・マカムニ・シャカムニ・ソワカ 急急如律令
光圀は釈迦如来の真言を唱え、印を結ぶ。
すると、スーッと亡霊の姿が顕になった。
丸刈りで甚平姿の中年男性の亡霊だ。
居心地が悪そうに俯いている。
「お、俺は何もやってない!!」
と、亡霊は叫んだ。
「まだ一言も言っておらんぞ…。」
困惑した光圀を見て、亡霊はキョトンとした様子で顔を上げた。
「少し話を伺っても良いか。」
亡霊が小さく頷くのを見ると、光圀は青木に頼んで居間に戻った。
居間では亡霊は小さく縮んだ様子で座っている。周りを警戒しているように見えた。
「急に呼び出してすまぬな。」
警戒する霊に光圀は優しく声を掛ける。
「少し話を聞かせてほしい。其方はここの工房の関係者なのか?」
少し間が空いたあと、霊は口を開く。
「えぇ…まあ。生前は…ここの職人だったんです。」
「え!」
青木は思わず目を丸くする。
「だけど、不慮の事故に遭っちゃって…ご覧の通り…。提灯が好きで仕事に励んでいたので、提灯が恋しくなってしまって…つい、工房に…。」
霊は申し訳なさそうに頭を下げた。
「…そうだったのか。ふむ…。」
光圀は少し考えたあと、青木に顔を向ける。
「此奴に提灯を作ってやったらどうだ?」
「へ?霊に、ですか?」
「ああ、提灯が好きな霊だ。作って、供養してやりなさい。」
「あ…ああ、はい!」
光圀は黙って聞いていたネモフィラに顔を向ける。
「ネモフィラ。あとはお前に任せる。」
「あ、うん。義父さん、ありがとう。」
光圀が去ったあと、青木は霊の為に提灯を作った。
ネモフィラは簡易的な祭壇を作り、そこに花を生ける。
台の真ん中に作り終えた水府提灯を置いた。
ネモフィラと青木は線香に火を付け、砂の上に立たせると、手を合わせる。
「名も知らぬ私の為に…ありがとうございます。これで安心して天に昇れます。」
霊は嬉しそうに微笑んだあと、スーッと消えていった。
ネモフィラは水府提灯を見据えて、満足そうに微笑んだのだった。
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