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これは正当な怒り


うすうす気づいているかもしれないけど
自分の目から見て
どんなに悪い人だって
自分のしていることが
不当だとは思っていないんだ。


仮に自分の行いが
悪だと自覚しているとしても

自分にはそれをするだけの
正当な理由がある。
これは正当な怒りだと

過去に自分を不当に
扱った者への憎しみを
時に本人だけじゃなく
その相手を連想させる

同じ性別
同じ年代
同じ職種
同じ人種

の人に向かって放つ。


でも本人からすれば正当な怒りでも
向けられた側にとっては
全く身に覚えの無い不当な扱いだ。

こちらには全く非が無いのに
不当に扱われたという憤りは
その人にとっての正当な怒りとなり
また他の誰かに向けられる。


こんな嘘みたいな殴り合いを
人類はもう何千年もしていて
「攻撃は新しい攻撃を生む」図式に
うすうす気づいてはいるんだけど

自分だけが痛い想いを
我慢するのは嫌だから
未だに「正当な怒り」を捨て切れず

お互いを敵や悪と呼び合って
「正当な怒り」をぶつけ合っている。


でも本当はどっちも
不当な扱いに傷ついて
償いを求める人間同士で

本当に望んでいるのは
相手の破滅や不幸じゃなく
踏みにじられた命や尊厳の回復なんだ。

自分や大切な人の命や尊厳が
軽んじられたことが悲しいけど
どうすれば癒されるのか分からなくて
自分の中に留められない激情を
怒りとして人にぶつけているんだ。


だから「正当な怒り」を断つには
その大本になっている人間を
消し去るのではなく

その人の心を荒ませる
痛みや苦しみや悲しみが癒えるまで
十分に寄り添って
少しずつ笑えるようにしてあげること。


そんなことで争いが止まるかって
思うかもしれないけど

「正当な怒り」の根っこには必ず
傷つけられた誰かの尊厳があって
その悲しみを癒やすことでのみ
本当の意味で禍根は絶たれる。


🌸最後までご覧くださり、ありがとうございました🌸