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怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁

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いまだ余所者を受け入れない風習が根強く残る孤月村。その孤月村の名家である 利蔵家に町から嫁いできた雪子は 利蔵家に因縁のある曽根多佳子という女の存在に脅かされる。多佳子のことを調…
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#心霊

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第1話

第1章 村祭りの夜のできごと1 村の嫌われ者  その日は、孤月村でおこなわれる、夏祭りの夜であった。  祭りといっても、出店が並び、花火を打ちあげるといった派手なものではなく、村の空き地に櫓を組み、集まった村人が好き勝手に飲み食いをしながら、歌をうたい踊るというお祭りである。  赤い提灯が揺れ並ぶ櫓の下でめかし込んだ村娘が、一人の若者を囲んではしゃいでいる。  その華やかな集団を、曽根多佳子は祭りの会場から離れた木の陰にぽつりと立ち、食い入るように見つめていた。  彼女の

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第2話

◆第1話はこちら 第1章 村祭りの夜のできごと2 腐った弁当 「旦那様、あの……」  障子の向こうから聞こえる下男の声に、利蔵はうんざりとしたようにため息をつく。  時刻は七時前。  今日も多佳子がやって来たのだ。  下働きの男に追い返せ、と怒鳴りつけたくなるのをこらえる。  いったい、今日は何の用でやって来たというのか。 「今行く」  乱暴な口調で答えると、下男は怯えたようにすごすごと引き下がった。利蔵はばつの悪さを抱く。  使用人に八つ当たりをしても仕方がないことだ

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第3話

◆第1話はこちら 第1章 村祭りの夜のできごと3 閉ざされた村に嫁ぐ  「雪子が、あんな立派な地主様のところへお嫁にいくだなんて、神様に感謝しなければいけないねえ」  雪子は苦笑いを口元に刻み、神棚に向かって手を合わせる母の背中を見つめていた。  雪子の結婚が決まって以来、母はこんな調子で機嫌がよい。  心から娘の結婚を喜んでいるのだ。 「行き遅れた娘をもらってくださる方がいるなんて、本当にありがたい、ありがたい」  雪子は今年で二十四歳になる。  すでに周りの同級生や

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第4話

◆第1話はこちら 第1章 村祭りの夜のできごと4 先のみえない不安  足の裏に冷えた廊下の感触が伝わる。指先が凍えそうなくらい床は冷たく、屋敷内の空気も、ぴりぴりと肌を刺すようであった。  玄関から右に回り込むようにして廊下を渡る。  古い家だからかしら。  本当に嫌な気配。  そんなことを思い、雪子は世津子の後に続く。  右に左にと迷路のような廊下をいくつも曲がっていく。  縁側沿いには、見事な庭園が広がっていた。  屋敷は広く複雑な構造で、そして、変わらず重苦しい雰

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第5話

◆第1話はこちら 第1章 村祭りの夜のできごと5 夏祭りの準備  翌日、夜明けとともに目覚めた雪子は、身支度を調え主屋へ向かった。  実家にいる時はまだ眠っている時間だが、嫁ぎ先ではそうはいかないと思い朝早く起きたのだ。しかし、台所に行ってみると、使用人たちはすでに忙しく動き回っていた。 「おはようございます」  使用人たちに挨拶をするが、皆ちらりとこちらに視線を向け、形ばかりに頭を下げるだけ。  そこへ、昨夜の女性が膳を手にやって来た。 「雪子様、朝食でございます。こ

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第7話

◆第1話はこちら 第1章 村祭りの夜のできごと7 訪問者と枯れた椿  夏祭りが終わり、それから数日がたった。  ここへ来た当初、世津子に屋敷のしきたりを覚えていくよう言われた雪子であったが、やっていることは使用人に混じり、屋敷内の掃除やお使い、食事の下ごしらえなど、雑務ばかりであった  とにかく、朝から晩まで働きづめで、嫁とは名ばかりの、給金のいらない使用人のようなものだ。  とはいえ、何もせず一日を過ごすよりは、身体を動かしている方が精神的には楽ではあったし、実家に

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第8話

◆第1話はこちら 第2章 押し入れにひそむ多佳子1 わたしがたくさん産んであげる   季節は移り、そろそろ秋の気配を忍ばせようとする頃。照りつく夏の日射しも心なしか和らぎ、過ごしやすい季節となった。  緑一色だった山々も赤や橙色に色づき始め、人々の目を楽しませた。  山間の秋は短く、またたく間に厳しい冬がやってくる。  彩りの季節も、やがて冬一色に塗りかえられてしまうのは間もなくだ。 「屋敷にはもう慣れましたか?」  利蔵は許嫁をともない屋敷の庭園を散策していた。  

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第9話

◆第1話はこちら 第2章 押し入れにひそむ多佳子2 跡継ぎを産むだけの女  離れの部屋で眠っていた雪子は、ふと、何かの気配を感じて目を覚ました。枕元に置いた時計を見ると、午前二時を過ぎている。  辺りは静かで、物音どころか虫の声ひとつ聞こえない。  どこからともなく、ひやりとした冷たい風が流れ込み、雪子は両腕で自分の肩を抱き身を震わせた。  季節はそろそろ初秋。  山奥にある孤月村も、かなり冷え込むようになってきた。だが、冷たさは気温のものとは別のような気がして、雪子は

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第11話

◆第1話はこちら 第2章 押し入れにひそむ多佳子4 余所者の女   あれ以来、体調を崩すことはなくなった。おそらく一時的なものだったのだろう。  突然胸のあたりに激痛が走り、どうにかなってしまうのかと思ったが、やはりストレスが原因だったのかもしれない。  慣れない土地に、慣れない生活。  変化した環境。  難しい人間関係。  それらすべてが一気にのしかかり、自分ではそうとは思わなくても、心身ともに負担に感じていたのだ。  八坂医師が言っていた通り、私って意外に繊細だっ

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第12話

◆第1話はこちら 第2章 押し入れにひそむ多佳子5 悩み   利蔵は文机に両手をつき頭を抱えた。  ここ最近、多佳子のことで頭を悩ませ、他のことにまったく手がつかない状態であった。  これから秋の収穫に向けて忙しくなる。  冬の支度もしなければならない。  やらなければならないことはたくさんあるというのに、何一つ集中できないでいた。  常に、頭の隅に多佳子の存在がちらついた。  村にいられなくなるようにしてやると脅しても、多佳子は動じる素振りもみせない。  考えてみれ

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第13話

◆第1話はこちら 第2章 押し入れにひそむ多佳子6 納屋でのできごと  ある日の夕刻。  多佳子は利蔵の屋敷に来るよう言いつけられた。  使用人用の裏門を開けておくから、そこから屋敷に入り、納屋に来るようにと言われたのだ。  いつもは背中を丸め、のろのろとした足どりで歩く多佳子であったが、この日は上機嫌であった。  他の者が見たら、いつもと様子が違う多佳子に、いったい彼女はどうしたのだ、と首を傾げたに違いない。  それほど多佳子は嬉々としていた。  言われた通り、裏門

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第15話

◆第1話はこちら 第2章 押し入れにひそむ多佳子8 押し入れにひそむ多佳子  しきりに押し入れを気にする妻に、利蔵は訝しんで愛撫の手をとめた。 「どうしましたか?」  問いかけると、妻は押し入れに視線を据えたまま唇を震わせている。 「押し入れが開いて、誰かが」 「誰か?」 「誰かが、こちらを覗いている気配が」 「まさか」 「ほんとうです!」  そんなはずはないと、利蔵は妻の髪をなで、安心させるようにひたいに口づけを落とす。それでも、やはり妻は押し入れを見つめたまま、顔を

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第16話

◆第1話はこちら 第2章 押し入れにひそむ多佳子9 悪夢の夜と後始末  多佳子を突き飛ばした利蔵は、床の間に飾ってある日本刀を手にとり、鞘から抜き放った。鞘を捨て、ぎらりと光る抜き身の刀を手に目を見開く。  狂気に満ちた利蔵の双眸が、ぶざまに転がる多佳子の姿を捕らえる。  その後の利蔵の行動は、もはや滅茶苦茶であった。  利蔵自身も、自分が何をしているのか、おそらく分かっていなかった。  間違いなく正気を失っていた。  振り上げられた凶器から逃れるように、多佳子は手を顔

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第17話

◆第1話はこちら 第2章 押し入れにひそむ多佳子10 嫌な気配のする部屋  翌朝、目覚めた雪子は虚ろな目で天井を見つめていた。  隆史に抱かれた瞬間、押し入れのあたりがどうしても気になったが、結局、わけの分からないうちにことが終わったらしく、途中で意識を失ったようだ。  隣を見るとすでに隆史の姿はない。  圧迫されるような空気の重さに胸が苦しい。  こめかみを指先で何度も押さえる。ふと、思い出したように壁の時計を見ると、すでにいい時間になっていた。 「もうこんな時間!