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怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁

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いまだ余所者を受け入れない風習が根強く残る孤月村。その孤月村の名家である 利蔵家に町から嫁いできた雪子は 利蔵家に因縁のある曽根多佳子という女の存在に脅かされる。多佳子のことを調…
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2024年6月の記事一覧

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第9話

◆第1話はこちら 第2章 押し入れにひそむ多佳子2 跡継ぎを産むだけの女  離れの部屋で眠っていた雪子は、ふと、何かの気配を感じて目を覚ました。枕元に置いた時計を見ると、午前二時を過ぎている。  辺りは静かで、物音どころか虫の声ひとつ聞こえない。  どこからともなく、ひやりとした冷たい風が流れ込み、雪子は両腕で自分の肩を抱き身を震わせた。  季節はそろそろ初秋。  山奥にある孤月村も、かなり冷え込むようになってきた。だが、冷たさは気温のものとは別のような気がして、雪子は

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第10話

◆第1話はこちら 第2章 押し入れにひそむ多佳子 3 丑の刻参りの跡   跡継ぎの男子を産むまでは、利蔵の家の者として認めない。  世津子の言葉が頭の中から離れなかった。  世津子にはあまり好かれていないとは感じてはいたとはいえ、ここまで嫌われていたとは。  世津子は世津子で雪子に対して不満や鬱憤を抱えていたのだろう。それが、積もり積もって今回のことで爆発したのだ。  雪子は自分の頬を両手でぱしりと叩き、気を引き締める。  いつまでも言われたことを気にして引きずっていて

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第11話

◆第1話はこちら 第2章 押し入れにひそむ多佳子4 余所者の女   あれ以来、体調を崩すことはなくなった。おそらく一時的なものだったのだろう。  突然胸のあたりに激痛が走り、どうにかなってしまうのかと思ったが、やはりストレスが原因だったのかもしれない。  慣れない土地に、慣れない生活。  変化した環境。  難しい人間関係。  それらすべてが一気にのしかかり、自分ではそうとは思わなくても、心身ともに負担に感じていたのだ。  八坂医師が言っていた通り、私って意外に繊細だっ

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第12話

◆第1話はこちら 第2章 押し入れにひそむ多佳子5 悩み   利蔵は文机に両手をつき頭を抱えた。  ここ最近、多佳子のことで頭を悩ませ、他のことにまったく手がつかない状態であった。  これから秋の収穫に向けて忙しくなる。  冬の支度もしなければならない。  やらなければならないことはたくさんあるというのに、何一つ集中できないでいた。  常に、頭の隅に多佳子の存在がちらついた。  村にいられなくなるようにしてやると脅しても、多佳子は動じる素振りもみせない。  考えてみれ

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第13話

◆第1話はこちら 第2章 押し入れにひそむ多佳子6 納屋でのできごと  ある日の夕刻。  多佳子は利蔵の屋敷に来るよう言いつけられた。  使用人用の裏門を開けておくから、そこから屋敷に入り、納屋に来るようにと言われたのだ。  いつもは背中を丸め、のろのろとした足どりで歩く多佳子であったが、この日は上機嫌であった。  他の者が見たら、いつもと様子が違う多佳子に、いったい彼女はどうしたのだ、と首を傾げたに違いない。  それほど多佳子は嬉々としていた。  言われた通り、裏門

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第14話

◆第1話はこちら 第2章 押し入れにひそむ多佳子7 祝言と初夜  いよいよ、祝言の日がやってきた。  その日は、雲一つない見事な秋晴れで、式を行うにはもってこいの日だと世津子は大喜びであった。  もっとも、喜んでいるのは世津子だけで、他の者たちは準備でそれどころではない。  朝から屋敷中の者が忙しく動き回り、いつも以上に賑わいをみせた。  台所では料理の仕上げにてんてこ舞いのようで、時折、不慣れな若い使用人を叱る声までこの離れの間まで聞こえてくる。  式が行われる部屋

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第15話

◆第1話はこちら 第2章 押し入れにひそむ多佳子8 押し入れにひそむ多佳子  しきりに押し入れを気にする妻に、利蔵は訝しんで愛撫の手をとめた。 「どうしましたか?」  問いかけると、妻は押し入れに視線を据えたまま唇を震わせている。 「押し入れが開いて、誰かが」 「誰か?」 「誰かが、こちらを覗いている気配が」 「まさか」 「ほんとうです!」  そんなはずはないと、利蔵は妻の髪をなで、安心させるようにひたいに口づけを落とす。それでも、やはり妻は押し入れを見つめたまま、顔を

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第16話

◆第1話はこちら 第2章 押し入れにひそむ多佳子9 悪夢の夜と後始末  多佳子を突き飛ばした利蔵は、床の間に飾ってある日本刀を手にとり、鞘から抜き放った。鞘を捨て、ぎらりと光る抜き身の刀を手に目を見開く。  狂気に満ちた利蔵の双眸が、ぶざまに転がる多佳子の姿を捕らえる。  その後の利蔵の行動は、もはや滅茶苦茶であった。  利蔵自身も、自分が何をしているのか、おそらく分かっていなかった。  間違いなく正気を失っていた。  振り上げられた凶器から逃れるように、多佳子は手を顔

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第17話

◆第1話はこちら 第2章 押し入れにひそむ多佳子10 嫌な気配のする部屋  翌朝、目覚めた雪子は虚ろな目で天井を見つめていた。  隆史に抱かれた瞬間、押し入れのあたりがどうしても気になったが、結局、わけの分からないうちにことが終わったらしく、途中で意識を失ったようだ。  隣を見るとすでに隆史の姿はない。  圧迫されるような空気の重さに胸が苦しい。  こめかみを指先で何度も押さえる。ふと、思い出したように壁の時計を見ると、すでにいい時間になっていた。 「もうこんな時間!

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第18話

◆第1話はこちら 第3章 多佳子の逆襲1 多佳子の呪い  伊瀬毅は山菜を採りに山に入っていた。  伊瀬の足どりは軽く、鼻歌までうたい、ご機嫌であった。  いつものように山に入り、険しい道を登っていく。が、伊瀬はいったん立ち止まり、用心深く回りを見渡した。  辺りに人影がないことを確認すると、普段とは違う方向へ歩き出す。そこは利蔵家が保有する敷地であった。  道を間違えたのではない。  本来なら、地主様の土地に無断で立ち入ったら大目玉だろう。それどころか、村の規律を破った

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第19話

◆第1話はこちら 第3章 多佳子の逆襲2 伊勢毅の死   木の幹にすがるように、多佳子が立っていた。  殴られ青紫色に腫れ上がった顔に乱れた髪。長い前髪のすきまからのぞく目が伊瀬を見つめている。多佳子の股間からおびただしい血が内側の太ももを伝って垂れ落ち、破れた着物の裾を赤黒く染めていた。 「ななななっ」  目を見開き、伊瀬は魚のように口をぱくぱくとさせ尻を引きずった状態で後ずさる。  木の陰から現れた多佳子が、ゆらりゆらりと身体を左右に揺らしながら伊瀬の元へと近寄って

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第20話

◆第1話はこちら 第3章 多佳子の逆襲3 不穏な気配   多佳子の存在からようやく解放されたと安堵するも、穏やかな生活は長くは続かなかった。  屋敷では不可思議な出来事が、相次いで起こり始めたからだ。  使用人たちが口々に屋敷内で怪しげな黒い人影を見たとか、気味の悪い呻き声やすすり泣く声を聞いたという噂が日を追うごとに広まり始めた。 「この間、厠に行くとき、変な呻き声が聞こえたんだ」 「俺も聞いた。奥の間からだった」 「わたしは庭の掃除中に黒い影が横切って行くのを見た」

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第21話

◆第1話はこちら 第3章 多佳子の逆襲4 多佳子の影  「なんてこった!」  伊瀬毅が山で事故をおこして死んでから、五日が経とうとしていた。  その間ずっと、波木多郎は落ち着かない毎日を過ごしていた。 「誰よりも山に詳しかった毅があんな事故を起こすなんてありえねえ。ありゃ、事故なんかじゃねえ。あれは多佳子に殺された。そうだ、そうに決まってる!」 『おまえら、ゆるさない』  納屋で多佳子が口にした怨みの声が頭から離れなかった。  多郎は手にした酒瓶をじかに口をつけ、一気

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第22話

◆第1話はこちら 第3章 多佳子の逆襲5 波木多郎の死   死者の怨念が、生きている者をあの世へと引きずり込む。  そんなことが本当にあるのだろうか。それは、伊瀬毅が亡くなってから六日目の早朝のことであった。  いつものように目覚めると、肌がざわつくような気配に利蔵は身を震わせた。  嫌な予感を抱いたからだ。  屋敷の外で何やらザワザワとした異様なものを察知し、利蔵は着替えを済ませ村の広場へと向かった。  屋敷と広場は距離が離れているにもかかわらず、村人たちの不安、恐