般若とは仏教用語で智慧のこと
般若とは、仏教用語で智慧のこと
般若心経は、智慧の心の経なんだが
空になれだの無になれだのと理解してるかたがたくさん。
釈迦は知恵を持てと言ってました。
仏教も知恵をずっと言ってます。
🤓
中観派の祖は、2世紀後半から 3世紀前半にかけて活躍したナーガールジュナ(龍樹)で、その主著は『中論』である。ナーガールジュナは、般若経典の般若波羅蜜の解釈を主眼として、空の思想を理論化した。あらゆる存在(一切法)は、縁起によって成立しており不変の独自性はもたない(無自性空)とする見方に立つ
(。・_・。)ノ
釈迦も、不変のものはないと言っているだけ
諸行無常
幻や実体がないだなんて言ってない。
人間の意識での概念で変えてしまっていると言うこと
しかし、真実や真理の実体はある。
真如を知る修行
🛐
真如(しんにょ、巴, 梵: tathatā、蔵: de bzhin nyid)は、原義では「あるがままであること」「そのような状態」という意味であり、物事の真理・実際のあり方 (the way things are in truth or actuality、無名で無個性な現実 (nameless and characterless reality)のことである。
仏教用語
真如
『金剛般若経』のサンスクリット本に出て、「真如性」と訳されている。「真」とは真実、「如」とは如常の意味である。諸法の体性虚妄を離れて真実であるから真といい、常住であり不変不改であるから如と言うとされる。
真如はまた、法、自性清浄心、仏性、法身、如来蔵、実相、法界、法性、円成実性と同体異名であるとされる。
Wikipedia出典
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空の理解をわかってない僧侶がたくさんだよ。
真理をわかるための智慧の修行
密教の五智とは、①大円鏡智(だいえんきょうち)②平等性智(びょうどうしょうち)③妙観察智(みょうかんざっち) ④成所作智(じょうしょさち) ⑤法界体性智(ほうかいたいしょうち)の5つの智慧です。
智慧の修行や慈悲の修行や観法や観想法や集中法や呼吸法やリラックスの修行などたくさんの修行法がありますから
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私も本をたくさん読んできました。
スマホが便利になり、検索するのが多くなり
本は作者の偏った話だったり、売るために事実を変えたり捏造がたくさんなのがわかりました。
私は、読んだ本の知識と、スマホで関連検索をいろいろ調べて、相反する理論が出てきて、自分で考え調べて結論を出すようになりました。
読んだ本で偏った考えになるかたがたくさんだなとわかりました。
チベット仏教では、般若心経を哲学解説と、魔除けで唱えます。
魔神は、真理を恐れるから🛐
般若心経を唱えるのは、空や無になるためや功徳からもあるでしょうが
本来は、お経は古代インド言語のサンスクリット文字で書かれた文書の経典を中国に持ち帰り、漢文に翻訳したもの
真言は、清い言葉のインドサンスクリット言語を翻訳しないで、そのままにしただけ。
日本は、古代は漢文だったから、僧侶は文書として読んでいました。
インドでは、みんな文書として読んでいただけですから
インド哲学と仏教の繋がりは、少しずつ説明していきます
🙏
般若心経は、知恵の観察の修行で空がわかり、苦悩が失くなったと言っています。
五蘊や空は、古代インド哲学から
アーユルヴェーダ医学にも入っていています。
真言密教にも五大があります。
空が、実体がないではなく、不変ではないとなると
私は、般若心経の訳も違ってくるとの考えです。
釈迦や龍樹もインド哲学を知っていての五大から言ってるんではになりましたよ。
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「地」「水」「火」「風」「空」の五つで、五大という。
仏教では「地」を最低、「空」を最上の境地としており、般若心経の「色即是空 空即是色」もこの空の境地を表していると言われる。
のちに「識」を加えた六大とする説も現れた。大地のようにすべてを支える地大。すべてに潤いを与える水大。すべてを浄化をさせる火大。すべてを養う風大。すべてを包み込む空大。万物の租である識大。
釈迦の教えのダンマパダのこの箇所にも、無我ではなく非我です。
非我の説明は、また後でしましょう。
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277 「一切の形成されたものは無常である」(諸行無常)と明らかな知慧をもって観るときに、ひとは苦しみから遠ざかり離れる。これこそ人が清らかになる道である。
278 「一切の形成されたものは苦しみである」(一切皆苦)と明らかな知慧をもって観るときに、ひとは苦しみから遠ざかり離れる。これこそ人が清らかになる道である。
279 「一切の事物は我ならざるものである」(諸法非我)と明らかな知慧をもって観るときに、ひとは苦しみから遠ざかり離れる。これこそ人が清らかになる道である。
🙏
この箇所ですね。
他の教えと総合的に考えていかないと、現世を頑張れにはならなくて、現世を生きるのが嫌になる修行者も出てくるようですが
五大(ごだい、サンスクリット:panca-dhatavah、英: five elements)とは、宇宙(あらゆる世界)を構成しているとする地(ち)・水(すい)・火(か)・風(ふう)・空(くう)の五つの要素のこと。
仏教においては五取蘊として色蘊・受蘊・想蘊・行蘊・識蘊の総称。物質界と精神界との両面にわたる一切の有為法を示すであり、省略して五蘊とする。
👹
般若とは、サンスクリット語の「プラジュニャー」やパーリ語の「パンニャー」に由来をもつ、「仏の智慧(ちえ)」という意味の仏教用語です。
🛐
般若心経の現代語訳
佛説摩訶般若波羅蜜多心経
(ぶっせつまかはんにゃはらみったしんぎょう)
偉大なる般若波羅蜜多(仏さまの智慧)の精髄を教えたお経
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
(かんじざいぼさつ ぎょうじんはんにゃはらみったじ)
観自在菩薩(観音さま)は、かつて深い般若波羅蜜多(仏さまの智慧)を実践されましたが、その時に、
照見五蘊皆空 度一切苦厄
(しょうけんごうんかいくう どいっさいくやく)
肉体も精神もすべてが空(くう)(実体のないこと)であることがわかって、それによって一切の苦しみと災難を克服されました。
舎利子 色不異空 空不異色
(しゃりし しきふいくう くうふいしき)
舎利子よ。物質は空(くう)にほかならず、空がそのまま物質にほかならないのです。
色即是空 空即是色
(しきそくぜくう くうそくぜしき)
物質がすなわち空であり、空がすなわち物質なのです。
受想行識 亦復如是
(じゅそうぎょうしき やくぶにょぜ)
感じたり、知ったり、意欲したり、判断したりする精神のはたらきも、これもまた空なのです。
舎利子 是諸法空相
(しゃりし ぜしょほうくうそう)
舎利子よ。このように物質と精神が空(くう)なるありかたをしていますから、
不生不滅 不垢不浄 不増不減
(ふしょうふめつ ふくふじょう ふぞうふげん)
生じたり滅したりすることなく、汚いとか綺麗だといったこともなく、増えもせず減りもしないのです。
是故空中無色 無受想行識
(ぜこくうちゅうむしき むじゅそうぎょうしき)
したがって空(くう)の中には肉体もなく、感じたり、知ったり、意欲したり、判断したりする精神のはたらきもなく、
無眼耳鼻舌身意
(むげんにびぜっしんい)
眼・耳・鼻・身・意といった感覚器官もないし、
無色声香味触法
(むしきしょうこうみそくほう)
感覚器官の対象となる色・声・香・味・触・法だってありません。
無眼界 乃至無意識界
(むげんかい ないしむいしきかい)
感覚器官やその対象、そしてそれらの接触から生じる認識の世界のすべてがないのです。
無無明 亦無無明尽
(むむみょう やくむむみょうじん)
智慧がなくなること(無明)もなければ、智慧のない状態がなくなってしまうこともありません。
乃至無老死 亦無老死尽
(ないしむろうし やくむろうしじん)
老死もないし、老死が尽きるといったこともありません。
無苦集滅道 無智亦無得
(むくしゅうめつどう むちやくむとく)
四つの真理として説かれてきた苦・集・滅・道というものもありません。智慧もなければ、悟りを得ることもありません。
以無所得故
(いむしょとくこ)
それは、得るということがもともとないからです。
菩提薩埵 依般若波羅蜜多故
(ぼだいさった えはんにゃはらみったこ)
菩薩(大乗仏教の求道者)は般若波羅蜜多(仏さまの智慧)を実践していますから、
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖
(しんむけいげ むけいげこ むうくふ)
その心は何物にも執着しませんし、こだわりがありません。こだわりがないので、何かに怯えたりすることもなく、
遠離一切顚倒夢想 究竟涅槃
(おんりいっさいてんどうむそう くきょうねはん)
物事を逆さまにとらえたり、妄想に悩まされたりすることもなく、心は徹底して平安です。
三世諸佛 依般若波羅蜜多故
(さんぜしょぶつ えはんにゃはらみったこ)
過去・現在・未来の三世における諸々の仏たちもこの般若波羅蜜多(仏さまの智慧)を実践され、
得阿耨多羅三藐三菩提
(とくあのくたらさんみゃくさんぼだい)
この上ない、正しい完全な悟りをひらかれました。
故知般若波羅蜜多
(こちはんにゃはらみった)
したがって、このように言うことができるでしょう。般若波羅蜜多(仏さまの智慧)は、
是大神呪 是大明呪
(ぜだいじんしゅ ぜだいみょうしゅ)
すばらしい霊力のある真言(真実のことば)であり、すぐれた真言であり、
是無上呪 是無等等呪
(ぜむじょうしゅ ぜむとうどうしゅ)
この上ない真言であり、比べることのできない真言であり、
能除一切苦 真実不虚
(のうじょいっさいく しんじつふこ)
あらゆる苦しみを取り除き、真実にして偽りのないものである、と。
故説般若波羅蜜多呪 即説呪日
(こせつはんにゃはらみったしゅ そくせつしゅわつ)
そこで般若波羅蜜多(仏さまの智慧)の真言(真実のことば)を説きます。すなわちこれが真言です。
羯諦 羯諦 波羅羯諦
(ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい)
行こう、行こう、彼岸へ行こう。
波羅僧羯諦 菩提薩婆呵
(はらそうぎゃてい ぼうじそわか)
皆で彼岸へ行こう。悟りよ、幸いあれ。
般若心経
(はんにゃしんぎょう)
般若心経
(はんにゃしんぎょう)
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