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初恋 第24話

 一つだけ気になることがあった。それは、父のラストがいなくなってから入れ替わりのように彼が現れたことだった。 彼はとても親切だし、とても頼もしい。僕は彼が大好きだ。僕はできれば父として彼を迎えたい。(マークは別として。)
でも彼にはどこか秘密めいたところがある。仕草が父に似ていて、父のように頭が良い。これが単なる共通点だと言えるだろうか? 

ラストは一体何者なのか? 父の生前の異常な用心深さ、誘拐事件、添乗員の失踪——そういったことが何か一つの糸で繋がっているような気がする。得意の睡眠学習法——寝ている間に頭を整理する——でその疑問を解決できないだろうか? 

そんなことを考えつつ、僕はハンバーガーを買ったあと、街をぶらぶらしていた。その時、ラストが通りの向かい側を歩いているのが目に留まった。ラストは僕には見えるけど他の人間には見えない(はず)。僕はそれとなく彼を尾行し始めた。

ラストは、普段、僕が帰る頃には僕の家にいるけれど、昼間はどこかに消えていた。今日のように、たまたま学校が臨時休校になったら、こんなふうに街で出くわすことになる。彼はどんどん歩いてゆき、とある屋敷の中に入っていった。一体何のためにこんな豪邸に行くのか僕は疑問に思った。ひょっとしたら、ここに僕の疑問を解く鍵が潜んでいるのかも。

僕は、猫のように無断で侵入するわけにはいかず、どうしたものか考えあぐねた。そのうち、彼が再び姿を見せた。ちらっとドアの隙間から見えた相手は黄色いコートを着ているように見えた。僕は素早く隠れた。もう少し探ってみよう。
 
 夜。甘美な眠りの中で、僕は夢を見た。門扉には鍵がかかっていなかった。ラストがあの屋敷に入ってゆく。彼が高音で符牒を叫ぶと玄関のドアが開いた。
「そして希望せよ」

 おや、どこかで聞いた文句だね。僕は思い出した。それは「巌窟王」のエンディングのセリフに似ていた。しばらくすると彼は出てきたが、玄関のドアを閉めた手は猫のように毛むくじゃらだった。それに黄色かった。その時、僕は全てのヒントが僕の前に整列したと感じた。あのルービックキューブの六面が一斉に揃った感触と同じ。パチン!最後のピースが嵌まる音。仮説はこうだ。

全てをつなぐキーは高音。アフリカでジョンとメアリーは人間には聞こえない高音で会話した。僕の頭はその時キンキン痛んだ。それは、誘拐犯に誘い出された時も、あの怪しいスーツの男達がやって来た時も同じだった。そしてバスケットの勝負の時もその高音を聞いた。

彼らはすべて(僕も含めて)高音を操る。ラストもそうだ。
これが何を意味するか。
こんな人間(ラストは別として)が世界にどれ位いるのだろう? 
ひょっとしたら、密かに増え続けていつの間にか、彼らの国を作ろうとしていたら……! そんな馬鹿げた話は有り得ないだろうか? 有り得る話じゃないか! いいえ、単なる僕の妄想か? いや! 実際、そこには生きた人間たちが関与している事実がある。僕がその目撃(耳撃)者だ。

 もう一つ気になることは、僕が突然、敏捷になったことだ。バスケットの勝負の時、僕は自分でも信じられなく程、高く素早く飛び上がった。僕はいつ、そんな能力を身につけたのだろう? 気が付かなかっただけ? それとも遺伝? 父のラストはそんな素振りを一度も見せなかった。

僕はこれを猫のラストに問いたださねばならない。
だが、その前に、まず彼の正体を知りたい。

彼が僕のそばに現れたのは、単なる親切心や好奇心からじゃない。僕の中にある何かを確かめに来たのでは? 彼が僕の完全な味方かというと、まだ、確信が持てない。これは思い過ごしかもしれないけど、サファリの激しい自然に当て続けられると簡単には何事も信じられなくなるのかも。夢はそこで消え、疑問符だけが僕の目覚めた瞳の裏に残った。
 
 世の中にはくだらないことが起こる。誰かが学校に僕弾を仕掛けたって通報した。学校は休校になった。パトカーがいっぱい学校を取り囲んだ。僕は外出禁止が解けるのを待ってハンバーガーを買いに行く。(今日はそんなに並ばなくて済みそうだ。)そしてぶらぶらする。すると、ラストが向かい側の通りを歩いていくのが見えた。再び、あの屋敷へ。僕には秘策があった。玄関の扉が閉じる音がした。

門扉を開けた僕は、ゆっくり進んだ。鼓動が激しくなった。誰かがどこかで見ている。視線を全身に感じた。玄関のインターホンが応答した時、すかさず、僕は高音で
「そして希望せよ」
と叫んだ。

ドアは音もなく開いた。中は暗かったが、目がすぐに慣れた。闇への適応がスムーズに。だがそのホールのような部屋は、ドーム型で、四方の壁には無数の点光が見えた。よく見るとそれは猫の目だった。無数の猫たちが身体を密着させて壁を作って、僕の様子を伺っていた。

「符牒を!」
 誰かが叫んだ。すると、全員が同時に僕に向かって高音で叫んだ。
「符牒を!」
 僕の鼓膜はキンキンなって破裂しそうになった。部屋の中でも符牒が必要だったのか。

迂闊だった。どうしよう。
僕が沈黙している時間は長かった。再び目の前が真っ暗になった。誰かが袋を頭からスッポリと被せたのだ。その直前、辺りの床の上にたくさん並んで蠢いている袋から声が聞こえた。罠にかかって袋詰めになった人間の呻き声だった。悪夢が再現されそうだった。誰かが僕の首を掴んだ。今度は最後まで行きそうだ。

意識が薄れ始めた僕は、万に一つの可能性に賭けた、最後の力を振り絞って叫んだ、とてつもない高音で。
「そんなものは無い」
 
 僕は自分の机の前にいた。うたた寝をしていたのだろうか。耳の奥がキンキン鳴ったことは覚えているが、その前後の記憶はぼんやりしている。ポケットを探る。ハンバーガーの包み紙。残香。

そうだ、ラストをつけて……。再び記憶が霞のように立ち上る。モバイルフォンの音が聞こえた。今、何時だ? ルイスが呼びに来た。そろそろ出発する時間だと。飛び級のテスト。彼女の微笑みを見ると、僕はほっとした。僕は今、生きている喜びを心の底から感じた。

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